「石橋を叩いて渡る」 松岡英雄 新住まいのことわざ(64)
住宅新報 2011年5月3日 号 10面
4月は目頭を熱くする朝が多かった。新聞を読んで涙ぐむことはそんなにあるものではないが、人の運命や生死の分かれ目を伝える大震災の記事は、涙無しでは読めなかった。
一方、放射能汚染は広がるばかりで、どうして止められないのかとイライラが続いている。
今年は、近くの大庭城址公園の桜を見に行った。少し開花が遅かったが、それは見事な咲ぶりだった。毎年来ている娘の話では、人出が少ないということだった。上野公園も隅田川も見物客が少なかったらしい。寂しい春だった。
確かに、被災された人々のことを思えば浮かれてはいられないが、この重苦しい空気はいつまで続くのだろうか。
転居通知を出したら、「3月初めに永眠いたしました」という返事を、岡崎泰造さんの奥様からいただいた。岡崎さんは住宅金融公庫に勤務されていた。マンション融資の課長だった時代にお世話になり、爾来、親しくさせてもらった。昨年3月私が退職したとき、「これからはゆっくり生きなさい」、とコーヒーの詰め合わせを2つも下さった。そのコーヒーはまだ少し残っている。
想定外でした、という言葉がひっかかる。津波しかり、原発事故しかり。大震災は、用心に用心を重ねよという先人の戒めを忘れてしまった私たちに、警鐘を鳴らし教訓を遺してくれたのだ。その代償にしては、払った犠牲がいかにも大きすぎるが。
(エッセイスト)













