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社説 「相続税」は必要なのか 〝魅力ある国〟のため廃止を

 日本画家の奥村土牛が101歳で亡くなったのは、バブル景気末期の90年の秋だった。残された家族は巨額の相続税に苦慮したあげく、貴重な素描など多くを燃やした。いきさつについては、ご子息が著した本に詳しく書かれている。奥村に限らず、文化芸術にただひたすらに取り組んだ人々が残した足跡、家屋敷が、相続税によって消失する例は少なくない。

納税で棲家を失う

 来年からの相続増税は、文化の喪失にとどまらない。庶民の暮らしにも襲いかかろうとしている。

 結婚後40年、50年を経て、夫婦2人が住んでいる都内の一戸建て。建物は老朽化しているが、利便性が高く、ずっと住み続けてきた終の棲家だ。しかしこの不動産の所有者である夫婦のうちどちらかが亡くなった場合、残された者は相続税を納めるために住まいを売り払い、どこかに賃貸住宅を借りなければならない可能性がある。

 今回のアップにより、東京では環状8号線の内側に住まいがある人は、多くの人が課税の対象になるという試算がある。異常な事態である。小規模宅地等の評価減の特例が緩和されてはいる。宅地面積が240m2以内であれば、80%軽減するもので、来年からは330m2以内と拡大される。一般的にはこの範囲内に入りそうだが、いくつか要件がある。相続人に持ち家がないこと、いわゆる「家なき子」でなければ適用されない。

 配偶者に先立たれ、子に持ち家がある場合、評価減の特例が適用されないので、相続税を支払うために住んでいる家を売却しなければならない不安がぬぐえない。

歳入はわずか1.7%

 あえて言おう。相続税は廃止したらどうか。海外ではスイス、カナダ、オーストラリア、シンガポール等々、相続税のない国もある。グローバルに活躍する資産家は、こちらのほうが魅力的だから、海外移転は後を絶たない。一方で農地については、農業継続を前提に先送りが認められ、事実上非課税になっている。

 相続税の理念は、何か。貧富の格差をなくそうとするものなのか。働いて財産を築いた人が、それを家族に残してはいけないのだろうか。むしろ財産を築いた人は称賛されてもいいのではないか。贈与税も同様になくせば、資産の移動はスムーズにいく。

 相続税と贈与税を合わせても、国の歳入に占める割合は1.7%に過ぎず、廃止しても影響は軽微である。相続税は、高齢者だけの問題ではなく、若い人にも課税されていることも忘れてはいけない。

 文化も国民の暮らしも、ないがしろにしてしまう魅力のない国にはしたくない。増税を前に、この際、廃止についての国民的議論をすべきだろう。