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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇61 不動産テックの威力 業務効率化から人間領域へ 残る営業社員の本分は

 不動産テックの業界への浸透は今や〝カオス〟状態。一般社団法人不動産テック協会が作成している「不動産テック・カオスマップ」(第8版)によれば、提供しているサービスの数は430にも達し、テック企業の数は417に及ぶ。1社で複数のサービスを提供している企業もあるということだ。

 同協会代表理事の巻口成憲氏は「テック企業によるサービスは今や成熟期に入った。隣接するサービス同士の競合も始まっており、差別化ができない一部サービスには淘汰されるものも出てきている」(住宅新報8月16日号8面)と指摘する。

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 テック市場では不動産営業社員がますます不要となるようなサービスも出始めた。例えば、不動産購入検討者への推奨物件を「レコメンド機能」を搭載したAIが提示するプラットホームが開発され、そのベータ版の提供が8月から始まっている。これは購入検討者がそのライフプラン情報を入力すると、AIがそれにマッチした物件を1回につき5件ずつ表示するというもの。しかも、その物件が自分のライフプランとどの程度マッチしているのかという数値まで表示される。もちろん、チャット機能も付いているから質問や問い合わせも可能。購入検討者の利用は無料で、導入した不動産会社にはアカウント料金が月額課金されるが、対応するための物件数は無制限で掲載できる。

 このように不動産仲介業務のデジタル化、AI化が進めば不動産営業社員の作業はおのずと省力化、システム化されていくが、その先には何があるのか。人としての営業社員が担うべき業務とはなんだろうか。AI化がどれほど進んでも「人にしかできない仕事は必ず残る」という考えが一般的だが、本当にそうだろうか。

心を分析?

 人にしかできないということは、「顧客の心に寄り添う」ということだと思うが、実は顧客の音声を解析し、顧客の精神状態(感情)などを把握しながら営業トークの訴求力を高めていくAI技術も今年2月に実装された。これは、顧客との通話内容を自動録音し、AIによる分析結果を可視化していくというもの。例えば、営業社員と顧客それぞれの「話す」と「聞く」の時間の配分や話し方の抑揚・スピード、沈黙回数などをグラフ化し、顧客に圧迫感などを与えていないかをチェックする。更には顧客の話し方を解析して、喜びや感謝など「ポジティブ」な感情と、不満や迷いなど「ネガティブ」な感情を識別し、それもグラフ化する。これにより、顧客の「本気度」や「期待感」が分かる。営業社員は成約への確率、感触をつかみながら効率的に会話を進めていくことができるというわけだ。

 ここまでAI技術が発達すれば、もはや生身の人間よりも正確に顧客の希望や感情を理解しているとも言える。さらにこの解析技術、将来的には顧客の顔の表情からも瞬時にその心理状態を分析して、リアルタイムで顧客との対話に反映させることができるようになるのだという。

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 しかし、本当に人の心をその音声や顔の表情から分析することができるのだろうか。喜怒哀楽だけが人の感情ではない。哀しさと切なさの違いが機械に分かるだろうか。ただの悲しさもあればもの悲しさもある。愛憎の果てにという言葉さえある。人間には己でさえ気付かない心のひだがあることも忘れて、ポジティブかネガティブか、白でなければ黒という対立の図式を人の心の世界にまで持ち込むのは誤りである。

 それよりも、人は理解しがたいもの、互いの錯誤を乗り切るために人には豊かな感情が育まれていることを知るべきである。そのうえで人を幸福にすることができる住まいとはどういうものかを考えるところに営業社員の本分がある。業務の効率化を本分とする不動産テックの使命はあくまでもそのためのサポートに過ぎない。