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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇108  住文化の効用 進 む 分 断 不気味な未来

 最近は将来に不安を抱く若者が増えていると前回書いた。結婚、住宅取得、収入、退職後の年金受給まで経済的不安はつきない。しかし一方で、そんな不安など若いエネルギーをもってすればいくらでも対処できるのではないかという見方もできる。

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 意識するしないに関わらず、今の若者が抱くそうした不安の根源にはもっと深い闇があるのではないか。それは例えば社会の分断が招く〝孤立感〟のようなものだと思う。社会とは同時代に生きる人たちにとっての運命共同体であるから、そこに分断が生ずればもはや共同体とはいえない。

 分断化の背景には財政難、所得格差拡大、劣化する政治への不信と無力感、価値観の多様化がある。分断が深まると他者への関心が希薄化し、人を思いやる心が失われてゆく。現代社会はそうした〝心の砂漠化〟が進み始めている気がする。人が人への関心を失えばもはや人間社会ともいえない。

 そこで人間らしい社会を取り戻すために住文化の振興を提案したい。住文化とは「住まいに暮らす楽しさを創造すること」である。そして人間にとって最高の楽しさとは何かといえば、それは何かを創造することである。

 だから、タワーマンションに住んで富士山やスカイツリーを眺めることは住文化とはいえない。なぜなら、それは受動的楽しみだからである。そうではなく、自分で植えた庭先やベランダの草花に想いを寄せることが文化である。また家造りについていえば地球に優しいとか、共働き夫婦に優しいとか、ましてやペットに優しい家ではなく、家族が家族に、人が人に優しくなれる家とはどういうものかを探求することである。

 人が人に優しくなれる住まいとはその空間を構成する光、ぬくもり、色、かたち、風の流れが心地よく調和している住まいのことである。人はそうした空間に身を置くと邪念が消え、素直な心を取り戻し、人に優しくなることができる。業界がなすべきはそうした家造りである。家はただのハコではない。そこにはほかの何物にも代えがたい住み手のロマンがある。その住まいに住み手と共に住文化を吹き込むことは最も創造的な仕事ではないだろうか。

シンギュラリティ

 若者が抱くもう一つの大きな不安がある。それはAIの進化によって不透明さを増す社会そのものである。不動産流通プロフェッショナル協会(FRP)は昨年12月、第1回未来講座を開いた。そこで講演したGOGENの和田浩明社長はChatGPT(生成AI)が不動産業にもたらす変化についてこう語った。

 「インターネットは情報コストをほぼゼロにしたが、生成AIはホームページなどの製作コストもほぼゼロにする。ChatGPTは自然言語処理や大規模データセットでのトレーニングなど自ら学習するため、既に人間との会話に近いやりとりも実現している。そしてAIがAGI(人工汎用知能)の域に達すると、人類の叡智の総和をはるかに超えた能力を持つようになる」

 いわゆる45年頃といわれているシンギュラリティ(AIがすべての分野で人類を超える技術的特異点)に至ればこの世のすべて、産業も教育も社会構造も人間の価値観も変わる。つまり、第二の天地創造がAIによってなされるようなものだ。そのような大転換(孫正義氏はそれが今後10年以内にやってくると予測している)への移行期に生まれ合わせた若者はこれまで誰も見たことのない海を渡っていくことになる。

 FRP代表理事の真鍋茂彦氏は「未来講座」の趣旨をこう述べる。「不動産業界で働く若者もこれから世の中がどう変わるのか、それに対し業界はどう変わればいいのか、そして宅建士はどうあるべきなのかと思い悩むことになる。そこで未来の大変革に備えるために今何をすればいいのか、どんなスキルを身に付ければいいのかを講師らと一緒に探っていきたい」

 予測困難ゆえに不気味な未来はもうそこまで来ている。