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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇37 空き家問題の背景 空虚な日本社会 「住宅すごろく」の再構築を

 全都道府県で住宅ストック数が世帯数を上回ったのは73年。住宅政策の目標は「量から質へ」と変わった。それから既に半世紀。住宅市場の現状はどうか。

ストック市場の現状

 「自宅のリースバック」が思いのほか高齢者世帯からの需要を集めている。苦労して手に入れた〝わが家〟を売ってしまう心情はいかばかりかと思うが、家賃を払うことでそのまま住み続けられるのだから資産の資金化と割り切ることもできる。ただし、老後のためだった所有による安寧は手放さざるを得ない。 

 今、築年を経たマンションは〝二つの老い〟問題が深刻化している。いつまでも住民の合意が得られなければスラム化の道をたどるしかない。出口戦略を欠いた区分所有法の綻びが築年と共に露呈しているからである。同法が当初想定していた以上にマンションが巨大化・超高層化したことも問題を難しくしている。

 今、住宅市場における最大の課題が空き家問題。しかし、これも核家族社会では当然の結果だろう。親の家を子が引き継がなければ家は〝一世代限り〟となり、寿命を終える。核家族社会が続く限り高齢者だけの夫婦または単身世帯(空き家予備軍)はいつの世にも存在し、人生100年時代がその比率を高めていく。

 一方の賃貸住宅に目を転じると、民営借家の平均床面積はいまだに45平方メートルと狭く、なんとこの30年間変わっていない。つまり子育て世帯にとって賃貸住宅は持ち家への憧憬を強める〝仮住まい的存在〟でしかないのだ。ちなみに欧米の賃貸住宅の床面積は米国113m2(99年)、英国65m2(96年)、ドイツ76m2(98年)、フランス76m2(96年)となっている(国土交通白書より)。

 このように見てくると、日本の住宅環境は国民を幸せにするための十分な要件を備えているとは言い難い。かつて国民の多くが確かな目標として抱いていた〝住宅すごろく〟が崩壊してしまったことも大きい。

 今こそ、新たな住宅すごろくが必要とされている。ただし、「新・住宅すごろく」に〝上がり〟はない。競うのは住まいによって得る幸福の総和である。所有がゴールではなく、そこでの日常の暮らしの楽しさを競うゲームとなる。

 自宅のリースバックが需要を集めているのは、高齢者の多くがそのことに気付き、我が家に暮らす幸福を体得した証左かもしれない。だとすれば冒頭で述べたような懸念は無用となる。我が家に暮らす幸福は住まいを所有しているか賃借しているかとは無縁ということである。

リースバックの効果

 〝二つの老い〟問題に悩むマンションでは今、自宅のリースバックが〝移動なき住み替え〟としても注目され始めている。つまり、高齢者からリースバック事業者へ所有権が移れば管理費や修繕積立金の滞納がなくなり、管理組合の運営が円滑化する。事業者からみればリースバックは時間軸を長く取った買い取り再販事業だから、高齢者から若い世代への資産リレーを促す効果もある。

 利用者にとってはマンションは築年数の浅いうちは資産価値が高いが、築年と共に減額していく。どこかのタイミングで賃貸に切り替えることは賢い選択ともなる。

 空き家問題は〝核家族化〟という大きな社会背景があるから解決は難しい。戦後、核家族化が進んだ背景には旧民法の廃止で長男による家督相続制度がなくなったことが大きい。しかし、日本では今でも子が代々家を引き継ぎ守っていくという価値観は生きている。その証拠に皇室を敬い、歌舞伎役者の襲名式に喝采を送り、世襲議員の多さには疑問を挟まない。

 それでいて肝心のわが家の伝統には無関心。親から子へ、子から孫へと伝えるべきナニモノかがなくして、なんで社会を構成する基本単位などと誇れるのか。日本人にとって住まい(家)とは何かを改めて問い直さないかぎり、日本は〝空のハコ〟を増やすばかりである。