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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇23 「結果は残した」 第25回不動産女性塾セミナー 菅前総理補佐官語る

 「コロナで始まった新しい生活様式はコロナが収束しても元には戻らない。なぜなら新しい生活様式の中にこそ人間らしい真に豊かな暮らしがあることに私たちは気付き始めたから」――オンラインではなく、久しぶりに東京の明治記念館で開かれた第25回不動産女性塾セミナーは北澤艶子塾長のこうした挨拶で始まった。講師に招かれた前内閣総理大臣補佐官で参議院議員の阿達雅志氏も、菅政権の果たした功績を振り返りつつ、コロナ後の新しい生活様式と日本経済の発展について語った。

 全国から約55名の会員が集まった11月9日、東京は寒冷前線がもたらした冷たく激しい雨が朝から降り続いていた。だが夕方近くになると雨はやみ、西の空に明るい光が広がった。久しぶりに直接顔を合わせての会合に会場はいつになくやや緊張した趣が漂う。それでも〝女性塾〟ならではの静かなパワーが満ちるなか、講演が始まった。

 講師の阿達氏は東京大学法学部卒で73年に住友商事に入社。そのとき、同じ部門にいた女性塾理事の北澤見和氏と知り合い、その縁で今回の講演会が実現した。在職中にニューヨーク州の弁護士資格を取得。00年に同社を退職すると、義父の故佐藤信二衆議院議員の公設秘書となり、14年には参議院議員に初当選。20年9月に発足した菅内閣で総理補佐官に就任した。

 今年開かれた日米首脳会談やG7サミットにも同行するなど常に身近で総理を支えてきた。その貴重な体験から発せられる数々の言葉に、マスコミ報道でしか知り得なかった菅前総理に対するイメージとの違いを痛感させられる講演となった。

 中でも印象的だったのは阿達氏が総理に「もっと情報の発信の仕方を工夫したらどうか。国民に寄り添う姿を見せたほうがいい」と進言したとき総理が返した言葉。「俺は見せ方で政治をやっているわけではない。政治は結果がすべてだ」。では、その菅政権が残した最大の功績とは何だったのか――。

 阿達氏はこう語る。「携帯料金の引き下げ、高額不妊治療の保険適用、デジタル庁創設などいろいろあるが、なんといってもワクチン接種を浸透させたことが大きい。皮肉にも菅内閣の退陣後急速にコロナが収束し始めた。マスコミはあまり指摘していないが、衆院選で自民党が絶対多数を得ることができたのは、国民の間に『結局、コロナ対策で自民党はよくやった』という評価があったからだ。その証拠に菅さんの街頭演説では、『ワクチン、ありがとう』という声が上がっていた」。

 確かに、菅政権の実像は少し違っていたのかもしれない。阿達氏によれば、「普通の政権なら地味であまり手を付けたがらない細かいところも色々やってきた」という。例として小学校の「35人学級制」の実現、黒い雨訴訟の上告断念、福島原発処理水の海洋放出決定などを挙げた。

 人間の人間に対する評価程あやしげなものはない。まして政権批判を旨とするマスコミ報道や、対立関係にある団体や組織がそのためにする主張には十分気を付けなければならない。阿達氏は最後に「コロナで始まった新しい生活様式を浸透させるためには社会インフラのあり方を変えていく必要がある」と強調した。 「例えば、満員電車による通勤をなくすためにはリモートワークのためのさらなるインフラ整備が必要だ。どこに住むか、どこにいるかが問題にならなくなれば豊かな二拠点生活を望む人も増える。それを支える公共交通はどうあるべきか、通勤定期券のありかたも見直す必要がある」

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 北澤塾長は冒頭の挨拶をこう締めくくっていた。「私の母は私に、忙しがってばかりいてはだめ、忙しいという字は心を亡くすと書くでしょ、とよく話してくれました。今回のコロナは〝休むのも仕事のうち〟であることを教えてくれたように思います」。

 コロナで人の動きが減って空気も空もきれいになったせいか、北澤家の柿とみかんの木が例年になくたわわに実ったという。