政策

社説 格差社会と賃貸市場の役割 より幅広い層に快適居住を

 勤労者の賃金が上がらないまま、というより物価高や国民負担率(租税負担率+社会保障負担率)の増大によって実質的には減少が続くなか、住宅価格が上がり続けている。新築は言うに及ばず建築費高騰の影響を受けない中古市場も新築市場に連動するかたちで上昇を続けている。

 しかし、所得の二極化を背景にアッパー層による旺盛な買い需要が続いていることも確かである。今や90年代初頭のバブル期のように地価高騰で「サラリーマンがマイホームを持てなくなる」「それが日本人の美点だった勤労意欲を失わせる」と社会問題化されることもなくなった。〝失われた30年〟の間に日本も所得格差拡大を容認せざるを得ないグローバル化時代に突入したということか。

 一方、若者を中心にこの間、住まいに対する多様な価値観が登場してきた。近年、大手ディベロッパーが新たな住まい方の選択肢としてアドレスホッパーなど新スタイルの賃貸住宅にも力を入れ始めたことはその象徴だ。コロナを機にテレワークによる在宅勤務が増えたことも背景にある。起業家を目指す若者向けにコワークスペースを併設し、法人登記も可能なSOHO型賃貸住宅を東京都心に供給する動きも始まっている。たとえ賃料は高額でも仕事のスタイルや自己投資、ときには憩いを求める場としても住まいをそのつど選ぶ生活拠点としてとらえる志向が強まっている。長期ローンで長い人生をかけて所有する対象ではなくなりつつあるということだ。

 こうした住まいの〝拠点化〟は、これまで総じて言えば持ち家取得までの仮住まい的位置に甘んじてきた我が国の賃貸住宅市場を大きく変貌させる可能性がある。

 今こそ、大手だけでなく中堅、中小、郊外立地、既存ストック市場も含め、業界の総意として賃貸住宅市場の変革に挑むべきである。

 分譲・持ち家市場に比べれば賃貸住宅市場はより幅広い層の国民に快適な居住空間を提供することができる。不動産業界の名だたる企業が一部の高額所得層のみに目を向けることは各企業の戦略としては正しくても、不動産業界全体としてはその本意とは言い難い。

 快適な居住空間とは必ずしも広さや最新の設備を備えているということを意味しない。入居者同士のコミュニティ形成が今後は一段と重視される。というのも所得格差の拡大は否応なく階層間の分断を生み、賃貸住宅におけるコミュニティ形成の障害にもなりかねない。シェアハウスがトラブルを起こしやすい入居者を排除できるように定期借家権での入居を厳守化しているように、これからの一般賃貸住宅にも定期借家権は欠かせない。

 良好なコミュニティを生命線とするこれからの賃貸住宅にとって、定期借家権はオーナーのみならず、入居者にとっても〝安全〟という究極的価値を担保するツールと理解すべきである。