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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇64 縮む時代の事業戦略 営業を断つ 逆発想が生み出す市場

 不動産業界ではときおり、「差別化戦略」という言葉を使うが、あまりいい感じの表現ではない。差別という言葉には単に〝差をつける〟というのではなく、見下すような底冷たい響きがあるからだ。「独自戦略」という表現が適切だろう。独自戦略なら、まさに他社がマネできないビジネス手法という意味合いになる。 

 では他社がマネできないビジネスとはどういうものだろうか。独自の発想と秘密の運営ノウハウをもつビジネスのことである。発想だけではいかに独創的でもそれが形として表れれば、すぐにマネをされてしまう。そこで具体的に運営していくための秘密のノウハウがなければならない。

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 ピアノなどの演奏ができるリブラン(東京都板橋区、鈴木雄二社長)のMUSISION(ミュージション、主として賃貸マンション)には常時2500人の入居待機者がいるという。そのため、空室が発生しても早ければ30分以内、遅くてもその日のうちに次の入居者が決まるという。完璧な遮音構造にすることで夜でも好きな楽器を安心して演奏できるマンションという発想だけなら他社もマネをすることができる。しかし、首都圏で全20棟、529戸の実績があり、常時2500人もの待機者を持つことができるのはそこに独自(秘密)の経営ノウハウがあるからだ。

 もちろん、その全貌を知ることはできないが、同社担当者によると10人ほどいるリーシングチームは社員であると同時に全員が音楽をプロ並みに愛するミュージシャンでもあるという。こういえば、秘密のノウハウの一端が見えてくる。不動産を不動産として売っているわけではないということである。リブラン創業者の鈴木静雄相談役は社員に「営業をするな。営業するから売れない」と教えている。

 本当にいい商品であるなら〝営業〟はいらない時代や社会になりつつあるのではないか。必要なのは買い手(賃貸マンションなら借り手)が望む暮らしをその商品(住まい)で叶えてもらいたいという熱意である。

 日本賃貸住宅管理協会の塩見紀昭会長は不動産女性塾(9月21日開催)のセミナーでこう語った。

 「不動産業はこれまでは顧客のためにいい物件を探す仕事だと思ってきましたが違います。〝探す〟のではなく、顧客の人生の夢を〝叶える〟ための仕事なのです」

 一方、ログハウス最大手のアールシーコアは営業員のことを「ホームナビゲーター」と称し、家を売るのではなく、顧客が楽しい暮らしを叶えるまでのナビゲーター役に徹しているという。同社専務取締役の永井聖悟氏は「ホームナビゲーターが最高の喜びを感じるのは契約したときではなく、実際にBESS(同社ブランド名)の家で暮らし始めたお客様から『BESSにしてよかった』という手紙をいただいたときです」と話す。では日本全体で、住宅の販売に係わっている営業社員がそうした感謝の手紙をもらうケースはどれぐらいあるのだろうか。考えてみれば購入であれば人生最大の(賃貸ならその月最大の)買い物に成功したとなれば、多くの人が感謝の意を示して来るのは不思議でもなんでもない。

〝共感〟の時代

 営業が不要になるのは、今は人々が〝共感〟を求める時代だからである。論理や説得、そうした理性ではなく、感動を求める時代になり始めたということだ。住宅提供者とユーザーが互いに共感したとき成約に至ることができる。物件が備えた不動産としての条件はあくまでも呼び水に過ぎない。最終決断がなされるのはユーザーがその住まいと担当者の熱意(アドバイス)に納得ではなく〝共感〟したときである。

 では、その不思議な力をもつ共感とはなんだろうか。観念論的には人間の互いの感性が共鳴することだが、これでは何も語っていないに等しい。要するに、理性にどっぷりつかって生きてきた大人がふと、好奇心に満ちあふれ、日々ワクワクしながら生きていた子どもの頃の感性に出会うことである。