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不動産業が防災まちづくり推進 水災害対策を〝自分ごと化〟 コミュニティつなぐ共通土台に

 気候変動により増大する水災害リスク。7月上旬、発達した梅雨前線が全国各地で甚大な人的・住宅被害をもたらした。少子高齢化に伴う防災の担い手不足は課題だが、発災時には誰もが被災当事者となりうる。住民自らが当事者目線で防災計画を整え、実践に備えた行動変容を取ることが重要だ。そのとき、不動産業はどのように関わっていくべきか。具体的な防災まちづくりの推進が地域やコミュニティをつなぎ、多様化する住民ニーズに向き合うための共通土台となる。(佐々木淳)

 国土交通省は、今年5月28日、地方公共団体向けに「水災害に対応した防災まちづくりガイドライン」を公表した。水災害ハザード情報の充実や防災まちづくりを進める考え方・手法を示し、治水部局やまちづくり部局など関係者が連携した防災まちづくりを支援するためのものだ。今後、各地で得られた知見を反映し、法制度の改正等も踏まえた見直しも視野に入れる。

 6月4日には水害被災経験のある全国の市区町村が意見交換する第16回水害サミットが開かれ、赤羽一嘉国土交通大臣は「流域治水の取り組みへの転換」を呼び掛けた。今年4月28日に成立した「流域治水関連法」では、中小河川にまでハザードマップの対象を広げると共に、国が自治体に対して、技術的、財政的に支援する姿勢を明確化するなど、国や地方自治体の連携は一定の成果を見せつつある。

管理組合の水害対応は

 枠組みの整備が進む一方、線状降水帯などがもたらす大規模な水災害などへの対応は、今後も待ったなしの状況だ。さくら事務所(東京都渋谷区)では7月13日、災害リスク対策を考えるセミナーを開催した。同社では今年1月、防災と安全性の高い土地選び・住宅づくりを広めることを目的として「だいち災害リスク研究所」を設立。6月には個人向けの「災害リスクカルテ」をサービス化した。ハザードマップでは見落としやすいリスクなどを評価した上、同カルテ送付後に電話で約15分、ホームインスペクターがその建物に合わせた災害リスクや防災についてアドバイスする。

 同社のマンション管理コンサルタントの土屋輝之氏は「熱心な管理組合であっても地震や火災対策が中心。水災害対策にマニュアルを持つ管理組合は少ない」と現状を指摘する。戸建て同様、マンションにおいても個別性の高さを挙げた上、「土地と建物のリスクについて専門家に相談し、防災マニュアルを策定してほしい。実際の活用方法を周知徹底しながら、訓練を重ねることが大切」と述べる。

被災の糧、顧客へ提供

 新築マンションの供給現場では、三菱地所グループが14年6月に開発した「そなえるカルタ」が出色だ。東日本大震災で被災者が学んだ教訓を見える化した防災ツールで、伝える相手の状況に応じて情報を届けられるようカード状にした。今年2月に『水害版』、6月には『マンション管理組合運営版』をウェブ上で公開している。『運営版』では、水害の被災マンションにヒアリングし、災害時に住民自らが動けるようになるための仕組みづくり、防災委員会の設置による活動の安定化などを紹介。多くのマンション管理組合で活用できるようにまとめた。

 同社グループでは、14年10月に有志が立ち上げたボランティア組織「防災倶楽部」が支援する防災訓練などでも「そなえるカルタ」を活用する。同倶楽部ではこれまでに98物件2万7352世帯(21年6月末時点)を対象に防災訓練を実施してきた。現在はコロナ禍を踏まえてオンライン訓練を開催。ワークショップ形式を取ることで、災害時に実際何が起こるのかを説明できる好機になっている。

〝2つの老い〟克服へ

 築年数が経過した分譲マンションや高齢化が進む町会など、建物と居住者の〝2つの老い〟への対応も急務だ。百年防災社(東京都葛飾区)の葛西優香社長は、「防災はエリア内の様々なコミュニティづくりを活性化する切り口になる」と述べ、防災対策は全世代が〝自分ごと〟として取り組むべき課題であり、各世代が抱える「高齢者の一人暮らし」「老老介護」「子育て」の前提になると指摘する。

 同社では、区や自治体、住民と共に避難所運営マニュアルの作成や防災訓練を通して、防災起点のまちづくりに関わる。東京都荒川区では、コスモスイニシアが手掛けた新築分譲マンションと同エリアの4町会が参加する「地区防災計画作成会議」を開催。隅田川が流れる荒川区という土地条件を踏まえ、地域全体で多世代が協働する水害対策を目的とした。町会からは60~70代の約20名、マンションからは20~40代の住民10名が参加し、ネットワークの広がりや被災時の行動の可視化が進んだ。更に、荒川区内の36カ所の避難所での展開へ向けて同区が動き出したという。

 葛西社長は、事業成功のカギとして「担当者が手間に感じない形で仕組み化し、通年スケジュールに落とし込むことが必要」と述べる。葛西社長自身、現在はUR防災専門家として、団地での地区防災計画作成を推進する立場。このような仕組み化が〝動かす力〟を大きくすると考える。

巻き込む力を

 三菱地所グループもまた連携拡大に積極的だ。津田沼奏の杜エリアでは、街全体で助け合うため、地域住民2300世帯を対象に訓練を実施。自社分譲マンションの防災訓練を起点に、エリアマネジメント組織と連携し、同地域の戸建てや他社分譲マンションも訓練対象として拡大した。前述の「そなえるカルタ」も含め、同業他社への広がりに寛容なのは、「そこに住む人の安心・安全を目指すため。様々な人のフィードバックを受け、進化した利用方法を直接の顧客にも届けられる」(同社グループ)としている。

 葛西社長は、不動産事業者が防災に関わることで居住者の安心感を生むと指摘。「サポート機会の把握を課題とする行政と、一歩を踏み出すノウハウがない町会・マンション住民のきっかけをつくれるのが不動産会社。社内体制がなければ当社のような専門会社が連携できる」と呼び掛ける。マンション管理会社や管理組合の意識改革と共に、今こそ行動変容が求められる。