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eKYCの活用広がる 本人確認も電子化時代に 新たな顧客体験を 不動産関連企業の問い合わせ増加

 受付や申し込み、内覧から重要事項説明、契約、書面交付に至るまで、〝デジタル化〟が本格化すると、これでいよいよ、不動産取引の完全オンライン化が実現する――。否、まだ「本人確認」の手続きが残っている。現状は、一般的に、宛先住所に宛名人が実際に居住するのかを判断する「転送不要郵便」が使われている。これでは、一気通貫なデジタル手続きの「全体最適化」を果たせない。しかし、解決の曙光が兆し始めてきた。本人確認をオンライン上で完結できる最新技術サービス「eKYC」(イー・ケイ・ワイ・シー、electronic Know Your Customer、今週のことば)の活用だ。 (坂元浩二)           

 取引時の本人確認が厳格化している。国際テロなどのマネーロンダリング(資金洗浄)で悪用される恐れがあるからだ。犯罪小説の話ではない。ある企業の北朝鮮への不正送金や資金洗浄の疑いで、18年に金融庁が国内金融機関に取引確認と報告を求めた命令を発している。それならば、金融機関だけに、厳格な本人確認手続きが求められるのだろうか。

 08年3月施行の犯罪収益移転防止法(以下、犯収法)は規制対象の「特定事業者」の一つに、「宅地建物取引業者」を位置付ける。取引時の確認とその記録の作成や保存の義務を課す。不動産取引は、比較的に高額となりやすい。資金洗浄の手段としても悪用ができる。ただ同法では、売買の契約、その代理・媒介業務を規制対象の「特定業務」とし、賃貸借は対象外とする。

実需からの要請

 「古物商や、サブスクリプション、シェアリングサービスなどでも、eKYCの導入が広がる。勝手に売却されるなどのリスクの抑止効果がある」(GMOグローバルサイン・マーケティング部の坂井伸氏)。法令規制に加えて、実需からの要請もあるよう。郵送や来店の手間なく、パソコンのオンライン上で本人確認ができる手軽さやコロナ禍の非対面ニーズの高まりで、普及に拍車をかけている。

 GMOグローバルサイン(東京都渋谷区)は19年8月に、AI(人工知能)の顔認証で本人確認がオンラインで完結する「GMO顔認証eKYC」をリリースし、世界展開している。本人確認書類と容貌をスマートフォンなどで同時に撮影し、その画像を事業者側が受信して本人確認ができる。API連携機能を使え、導入企業は、特別な開発費が必要ない。既存の各社のウェブサービスなどに実装できる(仕組みのイメージ図)。

 同社サービスを2月に導入した五黄不動産(福岡市博多区)は、不動産クラウドファンディングのサービスで活用しており、「申し込みから契約までの時間短縮とコスト削減に期待している」(五黄不動産社長の矢野充一氏)。

 eKYCの活用が広がるのは、犯収法の18年改正で、転送不要郵便の必要がない「オンライン化」の道が開かれたことにある。郵送方法も引き続き使えるが、従来の本人確認書類1点と転送不要郵便の組み合わせは、20年改正で実質的に本人確認書類「2点」かつ転送不要郵便の組み合わせとなり、厳格化された。専用機器が必要な「ICチップ情報」や、「原本」自体を送る、銀行など他の特定事業者に「照会」する方法もあるが、事業者側とエンドユーザーの利便性を考えれば、郵送などの手間がない〝完全オンライン化〟が望まれるところだ。

 「申請手続き自体はオンライン化をしても、結局、身分証明書の写しを郵送すれば、手間なままになる。完全オンライン化は、運用コストや負担をなくせる」(ショーケース・SaaS事業部営業部事業部長の安立健太郎氏)。

 ショーケース(東京都港区)は19年10月に、犯収法に準拠したオンライン本人確認/e―KYCシステム「ProTech ID Checker」をリリースし、金融業界を中心に提供を始めている。現状、不動産関連企業だけで全国から毎月50社近く、問い合わせを受けているという。

 導入企業は、ウェブページに「指定タグ」を追記するだけで手続きを開始できる。確認を受ける本人は、「顔を左に傾けて下さい」などといった画面からのランダムな指示の手順に沿い、顔を傾けたリアルタイムな容貌と、書類の「厚み」を含めた顔写真付き本人確認書類の画像を撮影する(本人側の活用イメージ画面)。これらにより、事前に準備(偽造)した画像ではないことを示せる。書類と容貌の画像が自動で識別され、導入企業は、パソコンの管理画面上で確認して認証できる。

 同社サービスを導入したレオパレス21(東京都中野区)は3月から、駐車場契約で活用を始めている。今後は、「部屋契約時の適用も視野に入れて実証検証を行う」(レオパレス21)考えで、一層の顧客利便性と生産性の向上を図る。

 ウェブサイトのSSL(暗号化)サーバ認証の実績を基に「セキュリティ性」などが強みのGMOグローバルサインや、各種のオンライン認証サービスのEFO(入力フォーム最適化)を核とした「ウェブマーケティング支援サービス」などに強みを持つショーケースのほかにも、各社からeKYCサービスの提供が始まっている。

 ただ、各社サービスの使いやすさなどの特長や、運用サポートの有無からだけではなく、自社の取引場面を具体的に想定して、サービスの導入を考えることが重要になる。

消費者の望む声

 「利便性に優れる手続きの〝新たな顧客体験〟を提供できる。他の業界では導入が始まっており、すでに消費者側は、その使い勝手の良さを実感している。不動産業界も導入をすれば、他社との差別化になる」(GMOグローバルサイン・ホールディングス・企画開発部AI・IoT営業グループの末舛仁史氏)。

 これからの時代は〝スマートフォン世代〟が顧客の中心になる。不動産取引のデジタル化を望む声は、一層強まっていく。見込み顧客を獲得できても、手続きに手間が掛かり、実際の購入や利用までに時間を要していては、他社に収益機会を奪われかねない。