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酒場遺産 ▶9 東京・高円寺 小料理屋「休」  穏やかで自由な時間を愛す

 酒場遺産というには未だ15年の歴史だが、間違いなく訪れた人の記憶に残るだろう素晴らしい酒場だ。高円寺南口からアーケード街を少し歩き右手の路地を入ると、長仙寺の向かいに小料理屋「休」はある。目立たぬ小さな店で、格子戸を開けるとカウンター席のみ、8~10人が座れるだろうか。割烹着姿の女将と手伝いの若い女性が左手の厨房に立つ。

 酒はすべて正一合(燗でも冷でも)。女将が選んだ開運600円、八重垣660円、秋鹿700円。梵ときしらず770円が基本だが、他にも名酒や珍しい酒が入ることもある。ビールは生ビール(ジョッキ・グラス・チビ)、サッポロラガー中瓶、酎ハイ、サワー系、ウイスキー、ワイン。女将のつくる料理のクオリティは高い。丸まった和紙に、達者な手書きのメニューが書かれている。白子ポン酢750円、鰆の焼霜づくり600円、鰯お造り、なめろう、天婦羅500円、お造り3点盛り1100円、鮭の西京焼き650円、鯖の一夜干し500円、丸干イカ500円、アボガド漬物250円、大根のそぼろ煮600円。女将の手を抜かない性格と研究心だろうか、それぞれが絶品の完成度だ。この値段では申し訳ないほどだが、女将は値上げや店の拡張もせず、至って欲がない(ように見える)。

 浜松出身の女将は美大でデザインを学んだが、好きな料理の道を選んだと聞く。そのためか、あるいは高円寺という土地柄だろうか、客も様々でクリエイターやフリーランスも多い。またアルバイトでこの店を手伝う何人かの若い女性たちも、写真家やデザイナーなどの卵が多い。誰もが、この店に流れる穏やかで自由な時間を愛している。もちろん筆者もそのひとりだ。(似内志朗)