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FIRE予備軍が熱視線 家賃で経済的自立へ 収益物件市場で顧客争奪戦? 強者は40代で年収3千万円も

 若年世代の間で「FIRE」が一つのムーブメントになっている。早期リタイアで経済的に自立することを指すもので「Financial Independence Retire Early」の頭文字を取って「ファイヤー」と呼ぶ。会社などをクビになる英語の〝Fire〟とは違い、自ら組織を離れて時間に縛られず経済的に困らずに自由な生活を目指している若者たち。株式やFX(外国為替取引)、不動産などに投資して資産を増やして会社勤めをしなくても生活できる夢を見ている。不動産投資でのファイヤー市場を追った。(中野淳)

 日本財託グループでは、同社に管理を委託している賃貸オーナーを対象にFIREに関するアンケート調査を1年前に実施しているが、1254人中172人が経済的自由を実現したと回答している。7人に1人が実現していることになり、このうち約4割が50代以下の世代で占めている。FIRE実現では、「精神的な余裕」を挙げる人が6割に上り、「時間的な余裕」(28%)と「金銭的な余裕」(17%)が続いた。人生100年時代と年金制度の将来不安が相まって会社員を辞めるに辞められず働き続ける中高年とは一線を画す。

 大学卒業後に携帯電話大手に就職し、20年間勤めて40代前半でFIREを実現した村野博基氏は、「人生いろんなことに挑戦したいが、心身とも元気なうちがいいと早期退職した。人生を20~40代、40~60代、60~80代として人生の夏は既に終わり収穫の時期に入った」と話す。

 最初に投資を手掛けたのは社会人スタートと同時期だ。米国債券や株式などの金融商品に投資して入社5年目あたりから不動産投資を始めた。

総資産評価9億円も

 当初は、不動産を担保価値としか見ず、その担保を基に銀行から資金を引き出して株式投資をする考えだったが、安定運用の面から軸足が不動産投資に移った。今や東京23区を中心に区分マンションなど収益物件30戸前後を保有・運用し、不動産投資法の書籍を出版したり、セミナー講師としても活躍している。

 「将来的に投資は必要だと思っていたが、安定した資産運用ができるのは不動産運用ではないかと始めた」。そう話す公立高校の教員は、地方公務員法に沿って兼業許可を得て法人を設立してアパートや区分マンション、戸建て住宅などを運用している。アベノミクス直前から始めた。月額300万円ほど家賃収入を得て半分をローン返済に充てる。老後の心配が小さい公務員でさえ、退職後に経済的に不自由しない現役世代以上の生活を追求している。

 別の40代男性の不動産投資家は、保有・運用する物件の総資産の評価額が9億円を超えている。アベノミクス以降の地価上昇と東京五輪後、コロナ禍中での旺盛な不動産取引額がけん引してきたが、年間の家賃収入は税額控除前で3000万円を超えている。住宅情報誌大手の退職金と運用していた株式売却を元手に不動産投資に参入し、今では70戸超を運用する。運用物件の内訳は、新築だけでなく築古や再建築不可の物件など様々な賃貸住宅を買い集めて働かずに済む経済的な自由を手に入れたが、「仕事は面白く充足感も得られる」としてネット企業で働く。今後は膨らんだ中古資産の一部を売却して資産価値を長期に維持できる新築物件に集約する。

 もっとも、このような成功事例だけではない。家賃収入を得ても月々のアパートローン返済で手残りがない、退去後に入居者が付かずに持ち出しでローンの返済に追われるなどのケースは珍しくない。

 前述の村野氏は、「最初の物件購入に当たっては、様々な不動産会社の営業担当者と会ったが、それぞれ言うことが全く違っていた」と信ぴょう性の判断が難しかったという。成功に持ち込むには、「リスクとリターンを考えることが重要だ。モノの価値が分かって、時間軸が使える若年層は(中高年よりも)有利に運べるだろう」と強調する。

事業性の視点で明暗

 事業性という視点が欠けているケースは成功しない。かぼちゃの馬車事件を機に銀行の対応も厳しくなった。最初の事業計画とその後の決算書は重要となる。銀行は事業性を無視した投資に対して融資に応じない風潮を強めている。元メガバンク支店長で資産運用に詳しい菅井敏之氏は、「融資に対しては適合性の原則がある。本人の資力・経験・知識に見合った商品を提供しなければいけない、そもそも論が銀行にはある」と指摘する。適合性の原則は公共性、収益性、成長性、処分性などを挙げる。賃貸住宅事業に置き換えると、公共性では違法建築ではないのか、旧耐震など建物の安全性が保たれているかなどを判断する。危険な家に住んでいるのを放置すれば公共性に反するからだ。収益性は、適正なキャッシュフローで判断する。もちろんリスクに見合った金利を適用する。事業としての成長性は、人口減少に対応できているかなどで判断される。市場の流通ルートに乗ってスムーズに売却できる流動性は処分性に置き換えられる。

 収益物件を開発・販売したり、仲介する会社は、少子化と人口減少が進む中で、ファイヤー需要を新たな市場として注目する向きも少なくない。日本財託グループでは、「20代、30代の若い人が40代、50代で経済的に自由になりたいと当社に足を運ぶ人は増えている」との印象を持つ。同社の顧客で55歳男性は、既に働かずとも生活できる状況にあり、転勤を命じられたのを機に今月末に退職して毎月100万円の家賃で完全ファイヤーに踏み切る。