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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇35 〝二刀流〟が人気 不安から生じる憧憬 心得があれば心強い

 いまだ誰も挑んだことのない道を歩む――そんな生き方への憧憬が高まっている。

 前人未踏とまでは言えないかもしれないが、不動産業界にも〝二刀流〟がいる。本コラム第1回目に登場した耶馬台コーポレーション(東京・中野)社長の宮地忠継氏がその人。

 不動産業と『全国貸地貸家協会新聞』の発行という二つの仕事を既に20年も続けている。そうなった経緯については第1回の時に簡単に紹介したのでここでは省略しよう。

 ではなぜ、宮地氏は〝二刀流〟を続けているのか。

奥が深い不動産業

 「例えば柔道の解説者は柔道の選手だった人がなる。野球もサッカーも多くのスポーツ解説者がそうである。実は不動産業も大変に奥が深いので、新しいビジネスを取材したとしても自分自身が深く不動産業に入り込んでいなければ、本当に重大な情報やユニークな取り組みを理解して、その本質を人々に知らせることは難しい。特にITやデジタル化が進む昨今は変化が早いのでなおさらである」

 宮地氏は自社の不動産業のためにも、昨今のデジタル化の本質を見究めようと、昨年は仲間と共に不動産売買の新システムを考案しプログラムを書いて特許も出願した。かつて三井銀行に入行しシステム開発部で働いた経験が生きている。

 「新聞人として最近は不動産賃貸管理の周辺業務や定額方式による長期修繕の勧誘などオーナーや管理会社向けの新しいシステムを導入している経営者を取材することが多い。そうした相手と向き合うとき、私が不動産業をやっていることはもちろん、コンピューターのソフトウエア開発の知識を持っていることがものすごく役立っている」

 「相手は不動産業が抱える問題点についてとてもよく研究していて、見つけた問題点を解決すべくシステム開発に取り組んでいる。だからその重大ポイントはあからさまには言わないものだが、私が周りからゆっくりと質問していくと、相手は非常に喜び、大いに喋ってくれる」

 宮地氏のこの指摘は、相手を理解するということについての本質的問題提起を含んでいる。グローバル化や職業の細かい専門分野化が進む現代社会にあって、人間は何をどう理解し生きていけばいいのだろうか。現代人のこうした根源的不安が、〝二刀流〟など独自の境地を切り拓く生き方への羨望を生んでいる。

専業記者の責務

 「取材とは材料を取ってくること。集めた材料をどう料理するかが記者の腕の見せどころ」と教えてくれたのは、私のかつての大先輩だった。だから今の私が推奨する新聞記事あるいは新聞報道はそういうものである。

 というのも、仮に同じ現場を取材したとしても各社の記者が書く記事には一つとして同じものはない。つまり、記事には必ず記者の主観が反映されている。中立報道というものが存在し得るのかどうかはあやしいものだ。もし、あったとしても読者がその記事を読んで事実を理解しようとする過程で今度は読者の主観(バイアス)が介在する。それならば記者は思い切って加工し、料理して、主観を前面に出したほうが中立報道がましく伝えるよりも潔いのではないか。

 大先輩の教えにはもう一つある。「他社よりも早くネタをつかんで書くのも特ダネだが、本当の特ダネとは誰もが見過ごしている日常のことをこれまでは誰も気付かなかった視点から書くことだ」

   ◇     ◇

 昨今は大災害や新型コロナの流行などを〝想定外〟と言う言葉で済ます傾向があるが、想定外とは「見方を変えれば起こり得ること」ではないだろうか。とかく人間の見方は世論や身を置く業界の慣習などに左右されがちだが、せめて自身の内に〝二刀流〟の心得があれば、偏執的見方からは逃れることができる。

 宮地氏は日本不動産ジャーナリストの会員でもある。不動産業とジャーナリズムという二刀流の冴えを生かし、コロナ後の社会に鋭く切り込んでもらいたい。