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より〝上質〟なサービスを 業務課題を洗い出す 不動産業のDX化 オンライン化の先にあるもの

 最近、DX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みが不動産業界にも広がり始めている。最新技術の活用によって様々な場面、方法をデジタル化するというものだ。それは単に、電子化ツールを使うことに意味があるのではない。業務を変革し、消費者にこれまでにない〝素晴らしい価値・体験〟を提供することにある。

 経済産業省は、18年12月に「DX推進ガイドライン」をまとめている。その冒頭には、「あらゆる産業において、新たなデジタル技術を利用してこれまでにないビジネスモデルを展開する新規参入者が登場し、ゲームチェンジが起きつつある。こうした中で、各企業は競争力維持・強化のために、DXをスピーディーに進めていくことが求められている」。更には、「DXを実現していく上では、デジタル技術を活用してビジネスをどのように変革するかについての経営戦略や経営者による強いコミットメント、それを実行する上でのマインドセットの変革を含めた企業組織内の仕組みや体制の構築等が不可欠である」とある。

 そもそものDXの提唱者であり、スウェーデン・ウメオ大学教授のエリック・ストルターマン氏は、次のように言う。「ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面で良い方向に変化させる」。

デジタル化する

 従来業務を見直して、デジタル化する。そこから生まれる新しいサービスや商品から得られる体験を消費者は求めている。それを叶えられなければ、今後の企業シーンで勝ち残っていくことは難しいということのようだ。

 既に不動産業務の場面では、デジタル化が浸透し始めている。賃貸取引では、イタンジ(東京都港)などが提供しているように、物件探しや空室確認、内見受付・予約から入居申し込み、審査、入居契約・更新・解約まで、一連の手続きを一気通貫に電子化できるようになった。その際のやり取りでも、従来のSMS(ショート・メール・サービス)や無料通信アプリLINEなどに加え、ナーブ(東京都千代田区)などが提供するVR(仮想現実)技術を使う内見のほか、いい生活(東京都港区)や、電話と組み合わせたベルフェイス(東京都渋谷区)などが提供するウェブ会議システムを通じて場所や時間にとらわれない接客が〝新常態〟になりつつある。

バックヤードで

 これらフロント業務だけでなく、バックヤード業務でもデジタル化が進んでいる。定型業務を自動化させるRPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション)をはじめ、どうしても出社する必要のあった「押印」に関しても、申請書や稟議書などの紙書類を電子化して一元管理できるシステムをコラボスタイル(東京都千代田区)などが提供している。

 更には、その契約書類などの法的な不備やトラブルリスクを回避するために、AI(人工知能)が法的チェックするシステムで、リーガルフォース(東京都千代田区)といったサービス提供企業も登場している。社員間の日々の業務が見えずにコミュニケーション不足になりがちなテレワーク環境についても、業務目標の進捗や査定を〝見える化〟する人事評価ツールをカオナビ(東京都港区)などが提供し、注目されている。

入居者の利便性

 一方、入居者の利便性を高めるツールでは、IoT製品で「スマートロック」が代表例と言えそうだ。顔認証技術を採用したビットキー(東京都中央区)などのほか、特にライナフ(東京都千代田区)では、YPer(東京都)との連携により、「置き配」バッグと組み合わせて、宅配伝票番号だけでオートロックマンションのエントランスドアを解錠し、自宅前まで配達できる取り組みの共同実証事業を進めている(図参照)。

 宅配便の「再配達」は問題になっているが、宅配ボックスがない、あってもすぐに満杯になる。更には、入館のセキュリティ上の問題の解消にもつながるとして期待されており、「これからは顔認証技術など鍵の開け方は更に多様化し、スマートロックの活用で、入居者の暮らしはより一層便利になる」(ライナフ)と話している。

 不動産会社のDX化支援サービス提供のダイヤモンドメディア(東京都港区)は、日々の業務に追われがちな不動産会社のDX化ではまず、「複雑化しているシステムやデータの連携のほか、細分化された業務の連携体制づくりが要になる。他の業務と並行してできるものでなく、社内の専任担当者や専門チームが必要」と指摘する。単に最新技術のツールやサービスを導入するのに留まらず、業務全体を見直して再構築することが重要になるということだ。

 不動産テック協会の代表理事を務める赤木正幸氏は、「一つの最新技術の導入で一気に業務全体を変革できるわけではない」、同じく代表理事の巻口正憲氏は、「少しずつできるところから始めてみては」とそれぞれ話している。 業務上で改善したい事項、顧客の利便性で向上させたいと考えている事項を洗い出す。それをどのように改善して、向上させたいのかを思い描いてみる。そうすると、自社に必要な最新技術のツールやサービスが見えてくるということなのだろう。

オンラインとオフライン

 デジタル化やオンライン化が今般のコロナ禍でにわかに注目され、半強制的な形で導入が進んでいる。最新技術のこうした〝テック〟ツールやサービスは何も、人の仕事自体を奪うものではない。不動産業務でも、かつてファクスやパソコン、インターネット、スマートフォンが導入された際、利便性が高まりながらも仕事がなくなったわけではない。不動産業務では〝人〟が欠かせないからだ。

 しかし、否応なしにデジタル化やオンライン化は進んでいく。当然ながら競合他社も導入するためにそれがニューノーマル(新常態)となり、自社だけが取り残される恐れがある。勝ち残っていくには、オフラインでの〝人ならでは〟の取り組みに加えて、オンライン化でもオフラインと同等の、もしくは、それよりも上質なサービスを提供していく必要がありそうだ。