開業特集

独立に向く人・向かない人 開業特集 成功の秘訣 オーナーズエージェント代表 藤澤雅義氏に聞く

起業がすべてではない

社員の作業効率アップのために自ら著した『仕事の進め方』。「日本のホワイトカラーの生産性はOECD諸国の中でも低い。職場の作業効率を変えていくだけでも、会社の武器になる」
 

 東京・西新宿。NSビルに本社を置く、オーナーズエージェント。代表取締役の藤澤雅義氏は98年に賃貸不動産のプロパティマネジメントに特化した企業として、アートアベニューを設立。その後、全国の賃貸ビジネスに関わる企業支援、コンサルティングを行う会社として、オーナーズエージェントを設立し代表取締役に就任した。以後業容を拡大し続け、現在総売上高が約55億円。従業員はおよそ70人を抱えるまでに成長した。

 快活に語る藤澤氏の様子からは、創業者特有の自信とオーラが感じ取れる。一般に起業家と呼ばれる人は、何かに突き動かされて創業する人が多い。藤澤氏もその一人と見受けられるが、意外にも本人は「必ずしも独立するつもりはなかった」と語る。

 「実現したいものがあるなら、起業だけが選択肢とは思わない。別にサラリーマンでもやりたいことを実現できる。むしろ起業のリスクのほうが高い。起業後10年経って残っている会社はわずかに6%という現実があるわけだから。まして結婚して、子供も抱えていたら、ものすごいリスクになると思う。私自身も前の会社では骨を埋めるつもりだった。賃貸管理業の面白さに目覚めた頃で、トップからもこの事業はお前に任せると言われていたし」

 では、なぜ起業という道を選んだのか。それは業務の中で次第に感じ始めていた「ズレ」だったという。

 「自分の若さもあるかもしれないが、次第に仕事のスタイルにズレを感じていったのと、自分のやり方で試してみたいという思いも強くなった」という。

 「当時賃貸管理はまだ仲介業の延長という意識が一般的だったが、私は違うのではないかと思っていた。賃貸管理はオーナーさんの資産を管理運用する、プロパティマネジメントではないかと思い始めていた。もちろん当時はプロパティマネジメントという言葉はなかったが…。私自身、FP(ファイナンシャルプランナー)の資格なども取って、そういった意識も高まっていた時期でもあったし、若さもあったと思う」

金融機関に2年通う

セミナーなどにも利用される同社の会議室。壁材や機器などは藤澤氏の好みが色濃く反映されている。「多少高くても、そこに意味があると思ったから、そういう仕様にしている。そういう判断ができるのも独立創業したオーナー社長の醍醐味だと思う」
 

 ただ勢いで独立したわけではない。創業資金をつくるために、藤澤氏は2年間政策金融公庫にコツコツと通って、担当者に粘り強く事業の意義と成長性、ビジネスモデルについて説明した。

 「貯金があったわけではないし、一介のサラリーマンが独立するとなれば、やはり公的な融資を受けるのが一番。資料の束を担当の方に持って行き、不動産業界とはこんなものだからという説明に始まり、その意義やビジネスモデルなどを何度も通って理解していただいた」

 その結果、その金融機関の融資担当者が藤澤氏のビジョンと熱意に惚れ込み、なんと融資を了承しただけでなく、個人としても投資を申し出たという。

 一つの新しい事業を立ち上げ、成功させるためには想像を絶するような膨大なエネルギーがいる。事業を成し遂げるにふさわしいエネルギーをいかに調達するかが問われるのは言うまでもない。むしろ問題はそのエネルギーのコントロール方法だ。夏の打ち上げ花火のように一瞬で爆発させては、事業は続かない。むしろ激しい情熱を押さえ込みながら、粛々と目標に向かって進む、粘り強さが必要だ。

 無論、検証を重ねた冷徹な理論と的確な情報に裏打ちされたビジネスモデルの構築が前提となる。

 更に、新たな事業を成功させるためには、日頃からの人との付き合い方も重要だ。

 「細かい業界の付き合いや会合は、私も面倒くさいとか、行きたくないと思っていた時期もある。でも参加すべきだと思う。それは独立しようと思っていようが、サラリーマンでいようが同じ。アメリカの経営学者、ヘンリー・ミンツバーグによれば、『マネージャーの仕事は、冠婚葬祭など、仕事に関係のないようなルーチンの付き合いから得られる85%の口コミの情報で判断される』とある。独立して仕事をするようになると、よく分かる。そういうところから得られる信用、人脈がすごく大事」

 藤澤氏は、起業前、金融機関同様、業界の有力者にも接触し、事業への理解浸透を図っており、「起業時に業界団体の有力者のある方にも『応援するから』という言葉だけでなく投資をしていただけた」と打ち明ける。

 これはまさにミンツバーグの言うところのルーチンの付き合いがもたらした証左だろう。

 

客観視できるかどうか

「みんなでガチャガチャやること」を実践。仕事以外でもレクレーションなど実施し、社長自ら参加し「ガチャガチャ」感を楽しむ。
 

 藤澤氏によれば、そもそも社長業には、向く人とそうでない人がいるという。

 「会社組織で大きくしていくのか、それとも一人親方でいくのか。後者ならマネジメントの必要はない。自分の責任だけ。ただ自分が病気になったらおしまい。一方、会社にするのは仕組み化して大きくすること。そこで求められるリーダーシップは、みんなでガチャガチャやること。私はみんなでガチャガチャやるのが好き。それが嫌いだと社長業は向かないかもしれない。権威主義的で社員の考えや感覚を受け入れることができない社長では、社員が不幸になると思う」

 もう一つ重要なことは、自分を客観視できるかどうか。

 「これは社長に限らず、サラリーマンでもそう。自分を客観視できない人は何をやっても向かない。『傍目(はため)の自分』と『つもりの自分』にギャップがあったら独立してはいけない。なぜならそういう人は場の空気を読めないから。KYでは仕事はできない」と話す。

 空気を読める人かどうかのポイントとして藤澤氏が挙げるのが「相手を笑わせることができるか」ということ。

 「相手を笑わせるのは、場の空気を読んで、相手のことを思っているからできる。私が敬愛する落語家の立川志の輔師匠は、弟子に落語を教えずにこう言うそうです。『俺が次に何をしたいのかだけ、考えよ』って。長いこと付き合っていれば、それが分かるだろうって。超理不尽な世界ですよ。でもそれができない人は落語も大成しないというのです。次にこの人はこう考えて、こう行動するなというのが読めるから、笑いも取れる。それは一般のビジネスの世界でも全く同じだと思う。それはまさに本質を見極めるということにつながる。相手が何を求めているか。この事業で何を実現していこうとしているのか。それを見極めないと事業は成功しない」

 では本質を見極められるようになるためには、何をすべきか。

本質見極めのために

 藤澤氏は「より多くのインプットとアウトプットが必要」と言う。

 「いろいろな経験をすることが大事。仕事上の多様な経験もそうだが、映画を見たり、旅をしたり、本を読んだり――。特に本を読むこと。一般論として言えば本は安い。数千円という高価な本もあるが、その書かれている中身からすると、本は安いと思います。いろんな人が長年かけて体験し、学んだことを凝縮しているものだから、読まない手はない。ビジネスの世界で生きていくなら世間で一定の評価を受けている本は読んでおくべき。私は本を読まない人は、社長業は向かないと思う」

 インプットしたものをアウトプットするには人前で話をすることや、文章化、図式化する方法があるが、基本は文章にすることだ。

 「文章が書けるかどうかは仕事の能力に比例すると思う。文章が書けないのは、論理的に物事を説明できないから。ロジカルシンキングが身に付いていないのです。論理的に物事を組み立てることができないと、やはり物事の本質に迫れない。その点からもインプットとアウトプットをセットで訓練していかないと論理的な考え方は身に付かないと思う」

 同社では、社員に本を読ませ、その内容をまとめ、プレゼンさせている。

 「本を1冊読んで、その内容について5分間でプレゼンさせています。文章をまとめるトレーニングになる。論点が分からない話をくどくど聞かされることほど、辛いものはありませんから。なかなかできない社員には、『2000字を400字に。400字を30字で表すように』と言っています。話を端的に表現できないのは自分が理解していないから。理解していないと物事を論理的に組み立てられない。そういうトレーニングができていない人も社長業は難しいのではないでしょうか」

自分にしかできないことを

会議室は、落語会などにも使用される。ここにもオーナーの志向が反映されている

 もちろん、こうした努力を重ねてもうまくいかないときもある。

 「一時期、上場会社の資本を入れて経営していた。その時は上場するつもりでやっていたが、うまくいかなかった。若かったし、上場という言葉に舞い上がっていたかもしれない。結局株を買い戻して、自分のやりたいようにしたらうまく回るようになった。その会社に遠慮してしまっていた。最近は共同経営でやる会社も出てきているが、お互い50対50で経営しているケースはないと思う。どちらかが軸になって回っている。だから社長たるものは、自分のセンスで経営したほうがいいと思う」

 独立することは、そのリスクをすべて背負うことだ。確かに、共同経営という形では、そのリスクをどこまでイーブンに引き受けるか、線引きは難しいだろう。順風満帆で希望に燃えている時はなかった溝が、風向きが怪しくなると「あかぎれ」のように痛み出すこともあるだろう。

ずっと順調ではなく

 「経済誌を賑わせている著名な社長も、ずっと順調だったわけではないはず。どこかしら厳しい時があった。社長業を20年やっていて、『ずっと順風満帆でした』と言う人はいない。それは言わないだけだ。楽天の三木谷浩史社長が言っていたが、『経営は最後は気合だ』と。そうだと思う」

 藤澤氏は「そのために、いざというときにすべて一人でできるという自信とスキルは持っていないといけない」と力説する。

 「明日社員が全員辞めても、この会社を回していける、という自信を。社長のやり方に正解はない。100人いたら100通りのやり方がある。頭がいいから、成功するわけではないと思う。実際、私より頭のいい人は世の中にたくさんいるし、私が劣っているところもたくさんある。でも『これは自分だけにしかできない』というところは持っている。誰でもそういうところがあるはず。些細なことでいい。人との調整がうまいとか、こういうことを考えるのがうまいとか。その自分のパターンを早く見つけて磨くことだと思う。それから繰り返しになるが、独立する、しないについては、やりたいことを実現する選択肢としての独立、社長があるのだと思う」