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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇122 コロナが変えたコト 人生は〝居場所〟探し 忘れていた「楽しむ勇気」

 リモートワークの普及で〝通勤風景〟が消えるとまで言われたコロナ下だったが、今では出社率が75%まで戻ったと言われている。インバウンドも昨年はコロナ前の7割弱まで回復した。東京からの人口流出も一時的現象で終わった。家での快適性を求めて郊外の戸建て住宅が見直されるのではという観測も結局、さほどの盛り上がりには至らなかった。では、コロナ禍は私たちのライフスタイルにどんな変化をもたらしたのか。あるいは変えたことなど何もなかったのか。

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 北澤商事(東京足立区、北澤敏博社長)の北澤艶子会長が地域の活性化に貢献したいと21年11月に開設した「ブックカフェ・ハレキタザワ」(足立区六月2の33の3、東武伊勢崎線竹ノ塚駅徒歩15分)が繁盛している。繁盛と言っても、もともと営利目的ではないからお金の話ではなく、利用する人たちがどんどん増えているということだ。ブックカフェとしての通常営業だけでなく夫の北澤正夫氏によるウクレレ教室や娘の北澤里弥氏が主宰する読書会などのイベントが人気だ。読書会は既に14回を数え、毎回十数名が参加する。

 カフェとしては入場料300円を払えば一日中居られるので、普段は受験勉強をする学生やテレワークをするサラリーマンも訪れる。まさに、北澤会長が目指した〝地域コミュニティの拠点〟として大きく成長し始めているのだ。

何がしたいのか

 コロナが私たちの生活にもたらしたものがここにある。人々は自分が本当にしたいこと、しなければならないことに鋭敏になり、それに気付かせてくれる場所を求め始めたのである。自分が何をしたいのかが分からなくても、とりあえず心地よさそうな〝居場所〟を求めてここに来る。北澤会長は言う。「ここの利用方法に決まりはありません。植物が生い茂るテラス席(写真左上)に魅かれてなんとなく立ち寄った人が、たまたま隣になった人と仲良くなり、人生の新たな目標を見出すこともあるでしょう」

 この、自分探しともいえる「場」の提供をビジネスにしてコロナを機に急成長しているのがRebase(リベイス)という会社だ。あらゆるレンタルスペースを予約できる「インスタベース」というプラットホームを運営している。会議室やセミナー会場はもちろん、ポップアップストア、同窓会などの懇親会場、サウナ、野球場、テニスコートなど全国で約3万3000件の「利用できる場所」が登録されている。借りる時間も分単位から数日、数週間まで様々だ。常に約8万人がこのサイトを見ていて、1日約5000件の予約が入るというから凄い。同社は14年4月の設立で22年12月には東証グロース市場に上場した。

 世はまさに〝モノからコトへ〟。何かを所有するのではなく、体験すること、そこで新しい自分に出会うコトに人々の関心が移り始めた。借りるスペースも目的も様々だから、全て一時使用貸借となる。月単位の賃貸借契約に慣れてきた不動産業界は発想の転換が求められている。

 3月16日にハレキタザワで開かれた読書会に招かれた筆者は、参加した人たちが難しい議論をするのではなく、飾らない自分の言葉で読後の感想を述べ、他者の意見にも興味を抱き、心から楽しんでいる光景をそこに見た。

 そして気付いたのである。この日の課題本は心理学者で哲学者でもあったアドラーの思想を紹介した『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社刊、岸見一郎・古賀史健著)だったが、嫌われる勇気以上に、人生にとって必要なのは日々の生活を〝楽しむ勇気〟だということに。