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酒場遺産 ▶35 南千住 「大坪屋」 昭和のオーラを纏うディープ酒場

 南千住はここ30年ほどで街の様子が大きく変わった。南千住駅の東口には墨田川に囲まれた土地に大団地ができた。木造家屋が密集し昭和の香りが残っていた東口も、つくばエクスプレス開業を契機とする再開発で2020年頃には超高層ビルとなり、かつて戦後のオーラを纏っていた「鶯酒場」などは再開発地権者としてこのビルに収納されてしまった。頑張っているが、かつての面影はない。しかし南千住駅南口は、まだかつての風情を残している。「大坪屋」のある鉄道高架下のディープな隙間空間に手をつける者は、今のところいないようだ。

 南千住「大坪屋」は酒飲みの間では有名な下町の燻し銀老舗酒場だ。以前よく来たものだが、年の暮れに久しぶりに立ち寄った。大きなコの字カウンターを常連の一人客がぐるりと囲む。そして通称「魔女酒場」の由来である黒い衣装の女将が、カウンター内を縦横に歩き酒と食事を運ぶ。年齢不詳の元フラメンコダンサー(らしい)の女将はエネルギーに満ち溢れている。そして壁にはメニューの短冊がぎっしりと貼られている。どれも驚くほど安い。焼き物はレバ・ハツ・砂肝など3串200円。ニラレバー、肉豆腐(煮玉子オプション)、豚足、しめ鯖、しらすおろし、牛煮込み、湯豆腐などは200-400円。鮪は少し高いといっても1000円札でおつりが来る。

 酒は名物の酎ハイ280円、茶葉から摘んでいるというウーロンハイが280円、日本酒は吉乃川、高清水が500円、大関400円など。ウィスキーは300円から。煮玉子つきの肉豆腐などはお薦めだ。年が詰まって訪れたこの日、店内テレビの「SASUKE」で客が盛り上がる。僕も酎ハイを飲みつつ手に汗握る。小一時間店で過ごし、勘定は1410円。女将と常連に「良い年を!」と挨拶を交わし、ガラガラと引き戸を開け店を出た。       (似内志朗)