総合

彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇105  シリーズ その想い、重なる 「ひと・住文化研」が開いたシンポジウム 幸福は家を変革することから

 人それぞれが抱く想いが、人との出逢いによって重なり合い、いずれ花開くときが来る――そんな予感を抱かせるシンポジウムが11月14日、都内で開かれた(3面参照)。

   ◇     ◇

 主催したのは一般財団法人ひと・住文化研究所。代表の鈴木静雄氏(リブラン創業者)は常日頃、「マンションが家族(心・身体)を滅ぼし、日本を滅ぼす」と警告する。

 今年、その鈴木氏と広島大学名誉教授で「ありがとう寺」住職の町田宗鳳氏との出逢いがあり、急きょ基調講演を依頼することになった。町田氏は二人の出逢いについてこう語る。

 「バブル崩壊後の日本の政治経済的停滞が指摘されて久しいが、もし、その閉塞感を打破しようというなら、日本人が伝家の宝刀として過去から引き継いできた〝造形力〟を未来に向けて大胆に発揮していかなくてはならない。比較文明学者として、そのような考えをもつ私の前に現れたのが鈴木氏だった」

 町田氏も鈴木氏同様、崩れゆく日本の都市景観を嘆く。「明治初期に日本を訪れた宣教師から称賛された日本の都市の美しさはどこへ行ってしまったのか。立派なビルは建っているが、全体としてみればなんの統一感もなく、息苦しいだけの街になってしまった」と怒る。

 更に、「日本の復活は住文化にある。家を住むだけでなく、そこで人間の意識が変わる、想像力が湧く場にしなければならない」とも語った。

 その後、「日本創生、基盤となる住文化とは」と題して行われたパネルディスカッションでは、住宅産業塾塾長で住宅の健康被害について研究する長井克之氏と、人の心を前向きにし病気を寄せ付けない環境づくりをめざす戸倉蓉子氏(ドムスデザイン社長、看護師で一級建築士)とのコラボレーションが展開された。

幸福の城へ

 長井氏は日本で住文化が育たず、住まいが〝幸福の城〟になっていない理由についてこう指摘する。

 「便利さを求める現代生活の代償か、売ることだけを目的につくられた家が多くの病気を誘発している。正しい情報を入手し家選びを慎重にしなければ、人生100年時代は〝大不幸時代〟になる可能性がある。住宅は本来、住まい手が命を担保にし、大借金をしてまで求める家族にとって幸福の城である。その住宅で子供がうまれながらのアトピーや喘息になったり、うつ病、癌などの病気になり、不幸になるのでは話にならない。未病状態の人も多く、これら住宅を原因とする健康被害について今こそ総力を挙げた解決策が必要だ」

   ◇     ◇

 戸倉氏は自身が設計デザインした賃貸マンションを紹介しつつ、住まいを〝家族との幸せの城〟にする秘訣についてこう語った。「築18年の今でも入居希望待機者がいて、家賃が当初の1.5倍に上昇している物件には、路地、中庭、緑地などにイタリアの街に数多くある〝楽しい要素〟をふんだんに取り入んである」と。更に、戸倉氏は言う。

 「イタリアで学んだことの一つは、おせっかいな〝街〟の構造が住文化を育むということ。他者に関心をもつことが自分らしく生きることにつながり、それが日常を楽しくする。イタリアでは家が自己実現の舞台となっている」

 そうした戸倉氏のもとに15年前、一人の青年が相談に来た。「そこに住んだ人が元気になる賃貸住宅をつくりたい」と。プロジェクトは土地探しからスタート。元気になる要素とは何かを徹底議論し、マンションの〝ハート〟になる部分を探すため、あらためてイタリア視察にも行った。そして、11年3月に完成したのが「キッカ経堂」(東京都世田谷区、10室)だ。  五感を通して日常の一瞬一瞬を楽しむ女性向けに設計した。オープン後2年間、一人も退去者がいなかったことで知られるが、10年後の今も空室はなく、入居者全員が家族のようにほどよい距離感で楽しく暮らしているという。

 「空間デザインが人と人をつなぐ力となっている」(戸倉氏)証明である。