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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇99 待ったなしの新資本主義 リードする不動産業 人間復活の時代へ

 業界では多くのセミナーやシンポジウムが開かれているが、近年はパワーポイントを使って資料やデータを説明するだけのものが多く、どこか物足りない。講演者の人間的側面が伝わってこないからだろう。演壇という舞台に立つ以上、講演者は自分の話を聞きに来ている面前の聴衆に対し、話す内容とは別にエモーショナルな何かを伝えてこそ舞台が輝く。

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 例えば、急成長している会社経営者が自社の業務内容とその実績、成長要因などを経営理念と共に説明することは多々あるが、その理念の底に潜むものが何かを一個の人間として説明できる経営者は少ない。

 近年は会社役員の呼称としてCEO(最高経営責任者)、COO(最高業務執行責任者)、CFO(最高財務責任者)などと表記することが多い。ならば、ついでに企業といえども〝法人〟である前に自然人としての社会的責任を忘れないための最高責任者も置くべきではないだろうか。

生きた言葉

 不動産女性塾(北澤艶子塾長)が始めた「私の仕事の流儀」と題したセミナーに注目である。同女性塾は隔月でセミナーを開催しているが、今年5月末に開かれた第33回セミナーでは聴衆との初の対話形式を導入した。同女性塾の理事6名が「私の仕事の流儀」と題してリレー講演を行ったあと、その感想を聴衆から聞くというスタイルだ。単なる質問形式ではなく、聴衆は講演終了後グループに分かれてディスカッションを行い、代表者が感想や意見を発表するというもの。6人の女性経営者はいずれも会社の業務内容を説明するというよりも、不動産業を始めた動機、仕事への向き合い方などについて、人間としての想いを語っていたため、グループ代表者からの感想も講師の人間性に心打たれたという声が多く聞かれた。第2弾は「私の仕事の流儀~大阪・京都編」と題して、9月26日に明治記念館で開かれる。

 同スタイルが成功した鍵は〝仕事の流儀〟という言葉にある。流儀という今ではすっかり古めかしくなった言葉が逆に、講師の心に響き、仕事に向き合う自分の姿勢を真摯に語ることにつながっていたからである。今の社会が必要としているのはまっとうな意味での〝個〟の復活である。

 戦後の日本経済は画一的な商品の大量生産・大量販売を続けてきた。画一的な商品が大量供給される社会から個性が失われていくのは当然である。しかし、そこには物質的豊かさがもたらす華やかさもあり、そのまぶしさの中で燥(はしゃ)ぐことを個性と勘違いさせる社会でもある。

 簡潔に言えば、高度経済成長時代から今日まで、豊かさの中に生きることを個性と勘違いさせる社会がずっと続いているのである。例えば、不動産業でいえば、都心はもちろん、郊外に延びる路線の各駅前が再開発されるたびに、〝金太郎飴〟のごとく、どこも似たり寄ったりの街並みになってしまった。

混同される個性

 大きな商業ビルが建設され、古い商店街は消えてなくなり、ピカピカのショッピングモールを歩けば、時代の個性と自分の個性が混同されてしまう。まわりの人間が自分と同じ仕草をしていたり、同じ価値観で行動しているように見えても、それはほとんど気にならない。

 再開発はその地域が持つ土地柄、歴史、名所旧跡などを生かしながら、個性ある商店街を創出するものであってほしい。新しい資本主義はどこまでも人間主義でなければならないからだ。そして同時に忘れてならないことは、個としての人間復活を促すものであってほしい。

 人は自分の流儀を忘れたら人ではなくなるし、企業も結局は生身の人間が動かす以上、経営者が人間としての流儀を忘れたら企業としての存在意義を失う。なぜなら、新しい資本主義とはすべての企業がその本業でもって社会に貢献する社会のことだからである。不動産女性塾の経営陣は既にそこを体得しているように思われる。