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酒場遺産 ▶16 東京・湯島 黒門町「なばや」 先代の店、子息がつなぐ

 千代田線湯島駅近く、不忍通りから少し入った路地の焼き鳥屋「なばや」へ昼時に入った。頼んだ串焼重(1000円)が香ばしく美味かった。年配の女将から「主人が亡くなりましたので、お荷物ですがお持ち下さい」と日本酒一合瓶をいただく。「最近ですか」と訊けば「今月4日に81歳で亡くなりました」とのこと。41年間店を続けたという。帰りがけ「今度は夜来ます」とあいさつすると「いい日本酒があります、先代も祭と酒が好きだったんです」と言う。

 後日、友人と飲んだ帰り、遅くに寄った。鯉口姿の若店主は「店主のお任せもあります」「ぜひお任せで」と交わす。お通し2品(雑魚サラダ、軟骨唐揚げ)、丁寧に焼かれた焼鳥5本、米鶴燗2合徳利で2750円。とても美味い。店の由来を訊く。かつて常陸国を治めていた久保田藩主佐竹氏は、関ヶ原の戦の後に秋田へ逃れ秋田藩を成した。那波本家は佐竹氏と共に秋田へ移り酒蔵・那波商店を開き、分家は江戸へ移りこの地に「なばや」を開いたという。那波商店の名酒、こまち美人、米鶴、竜の涙、銀鱗などが揃う。

 壁の祭りの写真は、まだ若い頃の先代、そして肩に乗っているご子息が今はカウンターに立つ。「神田祭ですか」と訊けば上野の五條天神社の祭りとのこと。この辺りは文京区と千代田区と台東区の区境が複雑に絡んでいるが、この店は台東区上野一丁目(黒門町)。複雑な区境は祭りの境界でもあるのだろう。かつてこの辺りは店も少なく、近くにあったサンヨーに勤めるサラリーマンたちで、店は大いににぎわったと言う。(似内志朗)