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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇84 話題の会社ーー 不動産業に思想を 地域のために何ができるか

 お題目ではなく、本心から独自の企業理念を掲げる不動産会社が増えている。来年創業55年を迎えるリブラン(東京都板橋区、渡邊裕介社長)もその一つ。同社には「住宅産業は人間産業」「思想なきマンションはただのハコ」「手間をかけてこその住まい」といった文化が根付いている。この4月に社長に就任した渡邊氏も「今や伝統となった当社の思想を未来につなぐ」と意欲的だ。

 同社は防音機能を備えた賃貸マンション『ミュージション』と、既存住宅+リノベーションのワンストップ型サービス『てまひま不動産』が2大事業。いずれも〝住まいは文化〟という思想のもと、住み始めてからの暮らしそのものに照準を当てている。創業者で取締役相談役の鈴木静雄氏は昨年11月、一般財団法人「ひと・住文化研究所」を立ち上げた。「志を同じくする仲間と共に住宅・不動産業界に新たな住文化を創造する」(鈴木静雄氏)ためである。

 大手など一部を除くと、不動産業界はいまだに社員を猛烈に働かせて利益の最大化を図ることしか考えていない会社が多いというイメージがある。しかし、もはやそうした企業戦略では生き残れないという声が意外なところからも聞こえ始めた。

 イエールと住宅新報が4月10日に共催したWebセミナー「今からはじめる23年度の販売戦略」のパネルディスカッションには不動産テックの第一人者といわれる人たちが集まった。その中で、ショウタイム24社長の市川達也氏は「DX化が進んでいるが、最後は人間力のある会社が生き残る」と主張。TRUSTDOCK Verification事業部セールスグループマネージャーの田崎十悟氏も「買い手などのユーザーが業者に最終的に求めるのは、自らの課題解決にどこまで寄り添ってくれるかだ」と指摘した。

 また、デジタルガレージ・インキュベーション本部Musubell事業部マネージャーの井上貴善氏は「DXの導入で、営業が本来やるべき業務に費やす時間が増える。つまりこれからの営業マンはプロフェッショナル性がより問われることになる」と指摘し、自己啓発の必要性を強く訴えた。チャットロボットや無人店舗など省力化のためのツールを開発・販売するテック企業の人たちが、「最後は人間力」と語っていた点がなんとも興味深い。

 では、そもそも〝人間力〟とはなにかと、更に一歩踏み込む経営者もいる。その一人が、福井県小浜市にある平田不動産の平田稔社長だ(写真)。まだ42歳と若いが、「見えないものを観る力が人間力ではないか」と語る。また、人間だけが持つ美への感受性に関し、「美とは然り」だとも言う。平田社長は不動産会社経営者には珍しく美術学校出身である。人も自然が生み出したものだから、自然にストンと心に落ちるものが美という意味か。

 それはともかく、冒頭に紹介したリブランと平田不動産には共通点がありそうだ。例えば、約40年前にリブランが分譲した「レスポワール西みずほ台Ⅱ」(埼玉県富士見市)の敷地入り口には、同社の不動産開発への思いを綴った碑があり、次のような詩句が刻まれている。「光はたしかな自然の息吹/風はみんなの対話のしるし/詩は自然と人が奏でる調べ」。

 平田社長の思いもおそらくこれに近い。同社のブランド・スローガンは「このまちとこれからも」だが、近年強調しているのは「不動産業は土の時代から風の時代へ」と目に見えないものへの意識を高め、不動産会社としての最終目標を「まちをみんなのものに」と定めている。

 不動産業はいま、〝人間産業〟へと変わりつつある。その背中を押すのがAIの不気味な台頭だ。日本人はAIを無邪気に受け入れる傾向があるといわれているが、それは人間として自ら考えることを忘れ、結果として人への関心を希薄にしていくリスクをはらんでいる。人間とAIが〝共存共栄〟する時代の入り口に立つ今が、ひとが「ひと」としての瑞々しい感性を取り戻す最後のチャンスであることを指摘したい。