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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇83 奥深い賃貸仲介 「住む部屋で人生が変わる」 女性塾で誠不動産社長が講演

 不動産女性塾(北澤艶子塾長)の第32回セミナーが3月23日、東京の明治記念館で開かれた。隔月で開かれる同セミナーを取材するたびに、不動産業界に対する視点を幾重にも重ねてきたが、今回は売買に比べ普通なら軽く見られがちな賃貸仲介という仕事の奥深さに感銘を受けた。

 講師は、漫画『正直不動産』の主人公永瀬財地のモデルとも言われる誠不動産(東京都渋谷区)の鈴木誠社長。その名の通り、顧客が幸せになることだけを願って部屋探しに全力で立ち向かう〝誠の人〟として知られている。

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 「住む部屋で人生が変わる」というのが鈴木社長の信念である。部屋は人生の拠点。だから人生がうまくいっていないとすれば、それは今住んでいる部屋がよくないからだと断言する。

 言い換えれば、「部屋を変えれば人生を好転させることができる」と言う。具体的には、思い通りいかず悩むことの多い今の状況を脱却し、望み通りの生活を手に入れた自分が住んでいる部屋を思い描き、それを先取りしたような部屋に引っ越せば、人生は必ず良い方向に動き始めるのだという。

完全紹介制

 誠不動産は社長と女性スタッフが一人いるだけ。完全紹介制で予約してから来社してもらい、1時間以上の面談を通して、どういう理由で部屋を探しているのか、これからの人生設計をどう描いているのか、部屋探しで絶対外せない条件はなにかなどを詳細に聞き取っていく。予算を聞くのは最後の最後だ。

 予算ありきで最初から条件に限界を設けたら、「はなから人生を諦めているようなもの」だとして、鈴木氏は相談者だけでなく自分自身にも厳に戒めている。

 「いい部屋は必ず住み手の力になって人生を応援してくれる。最後まで妥協せずに見つけた部屋は、住み手が思い描いた未来そのものなのだから」と鈴木氏は力説する。

 思い描いた部屋を見つけるまでにかかる期間はさまざま。幸運にも2、3日で見つかることもあれば、数年越しで探し続けたこともあるという。依頼者が「ここにします」と言っても、鈴木氏がピンとこなければ「ここはだめです。必ずもっといい部屋が見つかりますから、ここはやめときましょう」と依頼者を説得するからだ。

意外な告白

 鈴木氏の講演で印象に残ったことがもう一つある。それは、売り上げなどの数字について聞かれたときである。

 「実は私は数字に弱いこともあるのですが、正直、月間や年間の売上高を気にしたことはないし、目標とする数値をおいたこともありません」という告白だ。「常に考えていることは今、部屋探しを依頼されているお客様が幸せになる部屋を必死で探すことだけです」という。そして、「妥協せずに部屋を見つけたときにお客さんと一緒に喜び合う、それが最大の目標で私の仕事のすべてです」と言い切る信念の強さにも感動する。

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 結果的に、「これまで私が勧めた部屋に引っ越したお客様で人生が好転しなかった人はいません」と鈴木氏は誇らしげに語る。

 これは浅薄な自慢話ではなく、住む部屋と人生について真剣に考え抜いてきたプロとしての矜持だと思う。ある意味、顧客の人生を左右する大事な住まいにかかわる仕事をしているすべての不動産業者が持つべき矜持でもある。

 マイホームという言葉から思い浮かぶのは持ち家だが、では賃貸住宅はマイホーム(我が家)ではないのだろうか。分譲マンションを5年程度で買い替える人もいれば、同じ賃貸住宅に10年以上住み続ける人もいる。どちらが、より〝我が家〟と言えるだろうか。

 そう考えると、そこが〝我が家〟かどうかは所有権のあるなしではなく、自分にとって本当に心地よい場所かどうか、人生に立ち向かっていく勇気がわいてくる場所かどうかで決まるものではないか。

 ――ということを鈴木誠氏は言っているように感じた。