柄沢商店は東京文京区にある小石川植物園から近い本物の角打ちだ。最近流行りの飾ったふうは全くなく、暖簾は内側にかけ、一見客お断りの空気が滲み出ている。中では、常連が缶酎ハイを片手に話に興じている。
初めて訪れた時、暖簾をくぐる勇気が必要だったが、二度目は当たり前にアルミサッシの扉を開けた。年配の女将が「あら、久しぶりね」と覚えていてくれた。このすぐ近くの大手印刷会社の社員が主な常連客だ。アウェイだがその仲間に入り酎ハイを5缶開けた。角打ちなので食べ物は乾きもの。話をした一人は定年まであと2年、還暦を迎え残り人生をどのように過ごしたら良いのか、そんな話になった。僕自身長く勤めた組織を還暦で辞め、1カ月ほど若い時分に戻りバックパッカーをやったなどという話をした。役に立たなかったに違いない。この角打ち酒場は大手組織社員と地元の常連たちのミックス。女将の人柄なのか、その空気がとてもいい。
正月も過ぎた頃、池袋東口で軽く飲んだ後、思い立って家まで歩こうと思い、池袋から東池袋・護国寺・大塚四丁目、千川通りを歩きこの店に寄った。少し時間が遅かったためか女将が一人で本を読んでいた。
「寄らせていただいてもいいですか」と言うと「どうぞどうぞ」と言う。研ナオコの歌ばかりかけている。
「今日は鏡開きだからお餅を食べていって」と言われ、大根おろしと黄粉の餅をいただく。缶麦酒を飲み、餅を食べ、女将のあーでもないこーでもないという話を聞いていた。今日は正月なのでお代は不要とのこと。申し訳ないが、気持ちが嬉しい。10時閉店とのこと、店を出て再び夜の道を歩いた。(似内志朗)