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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇76 これからの不動産業 (中) 既存市場が育てる住文化 AIで消えないために

 (前号からのつづき)

 顧客に満足してもらう仲介を行うためには、顧客の売る理由、買う理由を事細かく聞き出す努力が必要だ。しかし、初対面の相手から根掘り葉掘り聞き出すのは至難の業だし、相手もプライベートなことはあまり話したくはないだろう。そこで力を発揮するのが国民から強い信頼のある公的資格である。

 不動産仲介事業者が持っている公的資格といえば、宅地建物取引士が代表的だが、宅地建物取引士に対する社会的信頼は十分だろうか。同じ〝士業〟でも弁護士、税理士、司法書士、不動産鑑定士などと比較すると、専門的能力がどこにあるのかが国民からは見えにくい。というのも、ほかの士業とは異なり、〝宅地建物取引士事務所〟というものが存在しているわけではないからだ。国民にとって、宅地建物取引士は不動産会社の中にいる有資格者というイメージしかない。現に不動産会社の営業社員の中には宅地建物取引士もいるが、無資格者もいて、宅建士が担当者になるとは限らない。

 そこで近年注目を集めているのが、国民が「不動産エージェント」を直接選ぶことができるマッチングサイトである。これは各不動産会社に属する宅建士がそれぞれ個人としての業務経験、成約実績、得意分野などを登録しておくことで、ユーザーが自分に合ったエージェントを選べるようにする仕組みだ。

 ただ、登録内容の信ぴょう性や、成約実績のカウント方法を各不動産会社間でどう統一化するなどの課題は残されている。また、ユーザーがマッチングサイトを利用するためには、ある程度の個人情報を入力する必要があるため、全く気楽に検索できるかといえば、それなりのハードルがあるのも事実だ。

 しかし、不動産エージェント制はこれからの不動産流通業界が目指すべき方向性としては間違っていない。そして、エージェント制が国民から高い信頼を得るようになるためには、一人ひとりのエージェントが高い使命感と職業倫理をもって実績を積み重ねていくしかない。

人が住んでこそ

 そうなれば、我が国の住宅市場はこれまでの新築中心から、ストック活用を中心とする既存住宅流通市場へと自然にシフトしていく。人口減少による新築市場の縮小を補ってあまりあるストック市場が形成されていくだろう。それが我が国の住宅市場に住文化が育ち始める前提となる。

 新築住宅市場は、まだ人が住んだことのない新しい住宅であることをアピールしてきたが、考えてみれば住まいは人が住み始めてはじめて評価されるものだし、5年、10年と住み続けるほどに味わいが増していく。

 そうして醸成されていく住文化の中で、古くなった住宅を新たな住み手に引き渡していくのが既存住宅市場である。そこは、長年住んできた住宅を手放す売り手の様々な事情と、新たなライフスタイルを実現するために住宅を買おうとする買い手の思いがぶつかり合う、まさに人間的な市場である。

 ピカピカの住宅が陳列される華やかな新築市場とは対照的に、売買契約の一つひとつが異なる要素をもった複雑混迷の世界でもある。それだけにエージェントとして円満な成約にこぎ着けるために必要な能力、知識、スキル、ネットワーク力は新築市場の営業とは全く様相を異にする。

 これから台頭してくると思われる不動産エージェントには、自分たちが日本の住文化を形成していくのだという自覚と誇りをもっていただきたいと切に願う。なぜなら、そうした自覚と姿勢がある限り、不動産仲介業務がAIに取って代わられることもないからである。

 ちなみに住文化とは何かといえば「住まいを住み手の感性で評価し、日々の生活の質を高めていくソフトとみなすこと」である。

     (次号につづく)