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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇75 これからの不動産業 (上) 住宅市場の主役は仲介へ 〝聞く力〟が鍵に

 住まいは、その人の生活基盤となる。だから日本賃貸住宅管理協会の塩見紀昭会長はこう言った。

 「不動産会社の仕事は顧客が求める条件に合った物件を〝探す〟ことではなく、顧客の人生における大きな夢を〝叶える〟こと」なのだと。 これからの不動産業が志すべき方向性を端的に示した言葉である。顧客から提示された条件にある程度マッチした物件を探すだけならたやすい。AI(人工知能)の得意分野でもある。

 難しいのはそのマッチ度(100%はありえない)で満足すべきか、さらに時間を掛けてでも当初の条件にこだわるのか。あるいはそもそもの条件設定と実現したい夢の間に齟齬はないか、ファミリーで家を探しているとすれば夫婦間に思い違いはないかなど、きわめて〝人間的〟な課題にまで踏み込むことである。AIが最も苦手とする分野である。

所有への疑念

 従来の不動産業であれば、最小限のコストで最大限の利益を上げることが至上命令だった。しかし、それが通用していたのは「誰もがいつかは家を持ちたいと願い、所有すること自体が目的化していた時代」のことである。今は、持ち家志向は残しつつも、終身雇用・年功序列社会が崩れゆく現実を前に超長期ローンを組むことへの疑問や不安を抱く人たちが増えている。夫婦共稼ぎによるペアローンという手立てもあるが、3組に1組が離婚しているという笑えない現実もある。

 コロナ禍の長期化で在宅時間が増え、住まいとは何か、自分にとっての住まいとはどうあるべきかを考える人たちも増えている。所有することが目的ではなく、その時々のライフステージに適した住まいを選ぶほうが合理的で楽しい人生ではないかと考える人たちの出現である。

 住まいを所有する最大の意義は資産価値だが、住宅ローンを払い終える頃までの長い期間に渡って資産価値の上昇もしくは維持が見込める土地がどれほどあるのだろうか。 現在、人口の約4分の1が集中する首都圏といえども、ほんの一握りの土地ではないだろうか。所有していることによる満足感、安心、いざというときにはいくばくかの資金調達手段になるというメリットがあるとしても、厳密に言えばそれも住宅ローンを払い終わってはじめて真正のものとなる。

 住宅はまさに所有から利用の時代へ、一生に一度の買い物ではなく、人生100年、その時々のライフステージに応じて住み替える時代へと向かい始めた。当然、住宅に関わる不動産ビジネスも大きな変革を迫られることになる。

少ない既存流通

 まずは新築中心の市場から既存住宅の流通を主とした市場へのシフトである。我が国の新設住宅着工は現在年間約85万戸で、そのうち持ち家(注文住宅)と分譲住宅を合わせて50万戸強である。それに対し、既存住宅の流通戸数は主要各社の仲介実績(弊紙調査)から推測すると25万戸程度と思われる。つまり、新築のおよそ半分しかない。

 国民の1割が住む分譲マンションだけでも685万戸のストックがある我が国で、戸建てを含めた年間の流通戸数が25万戸しかない現実をどう見ればいいのか。業界が本気で流通市場を活性化しようとしているのか疑問である。流通市場活性化のためにはアメリカのMLSに見るように物件に関する徹底した情報公開が前提となる。また、仲介を担う事業者が顧客の利益最優先のビジネスモデルに移行することも重要だ。

 そのためには顧客の要望(ニーズ)を通り一遍に聞いただけでコトにかかるのではなく、まずは可能なかぎり売る理由(買い手なら買う理由)を根掘り葉掘り聞くことから始めなければならない。そうでなければ顧客が本当に満足する仲介はできない。とはいえ、初対面の人間からあらゆる事情を聴きだすのは至難の業だし、顧客にとっても抵抗がある。そこで力を発揮するのが、国民が真に信頼できる公的資格の確立である。

     (次号につづく)