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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇68 心ある人たちへ コロナが与えた好機 「ひと」と「住文化」を研究

 心は母親の胎内にいるときから育まれるともいわれるが、ではその人間の心とはなにか。心の正体がつかめなければ、業界の変革をめざし「心ある者たち」に呼びかけることさえもできない。

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 今年7月、リブラングループ創業者の鈴木静雄氏と「ゼロからの変革めざす~心ある不動産業経営者に~」と題した対談を行った(写真)。

 (1)大量生産大量販売の時代が終わったこれからは中小企業にビッグチャンスが訪れる、(2)住宅事業者の使命は単なるハードの提供ではない、(3)不動産業は〝人間産業〟に生まれ変われば人口減少下でもマーケットは無限――などをテーマに語り合った(本紙9月13日号11面掲載)。そして二人の結論は、「今こそ業界変革をめざす心ある経営者らが参集して行動を起こすときである」ということだった。行動派の鈴木氏はさっそく、一般財団法人「ひと・住文化研究所」を創設。アフターコロナ後の不動産・住宅産業の在り方について問題提起していく拠点とすることにした。今月27日にはそのお披露目を兼ね、東京・椿山荘で「感謝の集い」を開く。

 ところで、鈴木氏は行動を起こすことの難しさを熟知した経営者でもある。そのことを示す好事例として同氏がよく引き合いに出す話がある。千葉県大網白里市にある大里綜合管理(野老憲一社長)という小さな会社は、地域ボランティア活動や被災地支援などに力を入れながら〝人間産業〟を実践している不動産会社として有名だ。テレビ番組のカンブリア宮殿などでも紹介され、全国から視察に来た不動産会社の数は累計何百社にも及ぶという。しかし、「その中で実際に大里綜合管理のやり方を学んで行動に移した会社は一社もない」と鈴木氏は言う。人の話を聞いたり、現場を見たからといって人間の行動は簡単には変わらない。では、人間を実際の行動に駆り立てるものとはなんだろうか。

信念が人を動かす

 鈴木氏が相談役を務めるリブランは夜間でも好きな楽器を演奏できる防音装置付きの賃貸マンション「ミュージション」が有名だ。2000年に第1弾となる「MUSISION川越」を開発してから今では首都圏に全20棟・529戸を展開するまでになっている。そして常時2500名もの入居待機者がいるほどの人気ぶりである。とはいえ、最初から成功したわけではない。当初の2、3年は防音性能が不十分で社員がクレーム対応に苦しむなど苦難の連続だったという。それでも、事業を継続できたのは鈴木氏(当時は社長)の「音楽を愛する人たちのためには絶対に必要なものだから、成功するまでやり遂げろ」という強い信念に基づく号令があったからである。

 人間は正しいこととは何かを見極める知性がなければ正しく生きることができない。では正しく生きたいと思う力はどこから生まれてくるのだろうか。それが母親の胎内にいるときに育まれる心だという説がある。この世に生まれ落ちてからでは遅いのである。「なぜなら、人間は生まれた瞬間から自分ひとりの世界にいるのではなく、他者と自己という意識の問題にすでに直面しているからだ」と『高校生が読んでいる武士道』の著者大森恵子氏は言う。人間は他者を意識した瞬間から自分とは何か、自分はどうあるべきか、生きる価値はどこにあるのかと考えざるを得ない(迷路をさまよいかねない)生き物である。極論すればそうしたことを考える根底としての判断基準は生まれる前から持っていなければならない(でないと永遠にさまよい続ける)ということを大森氏は言いたいのではないか。

 心とはかように奥深く神秘なものではあるが、人の心を動かし行動にいざなう力は言葉でしかないと筆者は考える。なぜなら正しい生き方を求めてやまない人間の知性もまた言葉でできているからである。

 日本古来の精神といわれる武士道(新渡戸稲造著)の骨格にはこうある。「義とは死すべき場合に死し、討つべき場合に討つことなり」。