AI技術があらゆる産業で浸透するに従い、テレワークに適した業種が拡大する。現在はIT関連がその代表だが、デジタル化・非接触型営業が進む不動産業界を見ても営業社員と顧客とのオンライン化は加速している。
人生最大の買い物をしてもらう不動産営業でさえテレワークの領域が広がっているのだから、他は推して知るべしだろう。
テレワークが増えれば都会のオフィス需要が激減するのは当然だ。「通勤」という束縛がなくなれば、組織への忠誠心を〝DNA〟としてきた日本人の精神構造も変わる。 忠誠心の注ぎ先を失った孤独感から中年より上の世代では一時的混乱を来すかもしれないが、ある転職サイトの調査によれば、今の20代若者の8割が「出世したくない」という世相だから、組織と勤労者の絆を細めるテレワークの浸透は不可逆的に進むと見るべきだろう。
この世から正社員という身分で組織に属する〝サラリーマン〟という人種が消え、すべての働き手がプロ野球選手のように年俸制になる日も近いのではないか。もちろん、オフィス需要がゼロになるわけではない。ただし、近い将来、大激震が起こる可能性は高い。
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交差点を挟んだぐらいでは見上げきれないほどの巨大ビル。諦めてうつむき加減に交差点を渡り、そのビルの足元を地下鉄の入り口に向かって歩く人々。
地下鉄の改札はそのビルの地下街から入ることができる。恐らくいずれ東京はすべてのビルが地下鉄に直結した〝地下都市〟へと変貌していくだろう。そのほうが快適で機能的だからである。地上に取り残された中小ビルは需要減退の中で淘汰されていく。
便利さや機能性に慣れた人間は、暑くもなく寒くもなく、雨や雪にもあわずに移動できる地下都市を選好する。唯一の欠点である圧迫感をなくすため、青空がのぞいているように見える照明も既に開発されており、地下通路の天井一面に貼り付けられる日もそう遠くないだろう。
プライベート
ビルや都市が巨大化していく一方で、そこを歩く人間だけが小さくなっていくように見えるのはなぜだろうか。先の調査で、「出世したくない」と回答した20代は、その理由について、「責任のある仕事をしたくない」「プライベートを大事にしたい」と答えている。
しかし、77年前の敗戦によって日本的価値観を捨て、欧米の個人主義を表層的に導入した日本に欧米型個人主義(プライベート観念)が根付くことはなく、従来型の〝組織隷属人間〟もいなくなりつつある。「責任ある立場」から離れたとき、日本に存在するのは、ただただ社会に浮遊するだけの個人である。
そう思う根拠を挙げれば、日本人は今でも〝家〟を意味する姓に自分のアイデンティティを感じるようである。そこに夫婦別姓論議が起こる一つの要因がある。Z世代でも社会人となれば所属する会社は「うちの会社」となる。
意識の底では個人という概念が育っていない証拠である。というより、日本人にはもともと「私」という概念がないという説さえある。
最近の若者が「ジブン的には」というヘンな言葉を使うのは「自分」というものがよく分かっていないから、「的」と言わざるを得なくなる。「〇〇してもらってよろしかったですか」というのも、個人としての相手がよく分からないから、とにかく丁寧に扱うことでトラブルを避けたいという心理のあらわれである。
本来なら働く場所や時間が自由になれば、オンとオフの切り替えを楽しむなど人間的な幅が広がるはずなのだが、日本人にはそうした社会が到来する予感があまりない。
欧米では、淘汰により力のある企業や個人が生き延びる強欲(?)資本主義が是認されているが、日本には日本人の感性に合った新たな資本主義が必要だ。欧米の金融資本主義とは異なり、お金以外にも人間の価値を図るモノサシは存在するはずだからである。