総合

彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇60 強まる〝デジタル神話〟 新種のバブルか 迷走社会が根底に

 住宅不動産業界は今、デジタル化の嵐の中にある。企業はDX化に後れをとることは死活問題と血道を上げる。誰もがDX化は避けて通れないと信じ、史上空前のビジネスチャンスとも捉えている。識者も誰一人としてそこに警鐘を鳴らす人はいない。その意味ではまさにデジタル神話(バブル)が進行している。

 デジタルバブルは未だその全貌を現わさないまま素人もプロも巻き込みながら、果てしない膨張を始めたかのようだ。かつての土地神話のような〝価格バブル〟とは異なり、一種の奥深さをもった高品質なバブルにも見える。そこに誰もがDXをビジネスチャンスと信じる罠が潜む。

 神話が生まれる背景には社会の停滞がある。停滞を支える基盤が必要だからだ。識者は好んで「これまでの延長線上に未来はない」と言うが、現実の動きにはこれまでの発想から一歩もはみ出していないものが多い。

 経済効率重視のスクラップ&ビルド、所得右肩上がりを前提とした35年の住宅ローン、老いることをマイナスとしか捉えていない高齢者住宅、若者らが早期の経済的自立を目指す不動産投資ブームも最近はファイア(ファイナンシャルインディペンデンス、リタイアアーリー)という洒落た言葉を使うようだが、根本概念はかつての〝金持ち父さん・貧乏父さん〟と何も変わっていない。

   ◇     ◇

 社会が停滞し低迷する根底には人間社会の思考停止がある。機能性と便利さを求め続けてきた人類はネット社会を迎えたころから、ついに〝考える手間〟までも省き始めたようだ。デジタル化の進展はそこを助長し始めるリスクがある。情報を感知、分析し、判断するという人間の頭脳が得意としてきたことを今やAIが取って替わろうとしている。問題は人間がそれを文明の進歩と捉えていることだ。

 みずから考えることをやめれば、人間は退化し、停滞した社会は迷走を始める。迷走を始めた社会がデジタルに救いの手を伸ばし始めたのが現代という時代ではないか。

 人口減少を背景にマーケットの縮小が約束されるなど、住宅不動産業界もある種の限界を迎えつつある。だからこそ、従来からの発想を抜け出し、新たなビジネスモデルに転換していく必要がある。DX化はあくまでもそのための手段であり、転換すべき方向を考えるのは業界で働く個々の人間である。

   ◇     ◇

 中でも業界を先導する立場にある専門家(有資格者)と呼ばれる人たちが果たすべき役割は大きい。特に近年、その重要性が指摘されているエンドユーザーからの「相談窓口」という観点に立てば、それぞれの専門分野を横断して総合的判断ができる専門家の台頭に期待がかかる。

 最近注目されるエージェント制もユーザー利益優先が至上命題となる。そのためには、多角的視野から住宅購入検討者の希望を満たさなければならない。不動産投資もそれが事業である以上はブームで投資家が増えれば増えるほど成功が難しいレッドオーシャンになっていくという現実を伝えるべきである。それでも人間は自分だけは人生で成功したいと思っているやっかいな生き物であること、そうした不都合な真実をすべてテーブルの上に置いて見せ、さて、どうしますか、とやさしく問い掛けてくれる真の専門家を時代は求めている。

 人間の命を預かる医学界でさえ、物事の本質(病気の根本原因)を総合的に究明する部署(心の領域まで踏み込んで原因を探る統合医療)の専門家が少ない。

 デジタル社会の象徴であるメタバースは、この世にもう一つの宇宙を創造する壮大なプロジェクト。際限のない人間の欲望を原資とするそうしたバーチャルな世界が日常化すれば、どちらが〝現実〟なのかも分からなくなる。迷走する社会を照らす真の識者(専門家)が必須となる時代である。