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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇41 不可逆、コロナショック 人間復興のプロローグ 二地域居住は心奥衝動

 〝コロナショック〟という言葉は、あとから見れば20~22年頃を境に私たちの生活スタイルが大きく変化していたことを示す。もともと〝3密〟(密集・密接・密閉)に対する嫌悪感は人間の感性である。密集の親玉、東京一極集中は経済発展のためにやむを得なかったとはいえ息苦しいことこの上ない。

 密接どころか他者と密着する満員電車での通勤はもってのほかだが、人が集まる映画館、コンサート会場、レストランや居酒屋などでも隣の席とは一定の間隔があったほうが快適である。人間も動物であるから他者との間には一定の間隔を置く習性がある。

 コロナ以降、密閉感のある地下の居酒屋は入りにくい。最も大事な居場所である住まいについても、24時間換気が義務付けられた高気密・高断熱より、縁側のあるオープンな住まいのほうが心地いい。

 新型コロナによる感染流行が1年程度で収まっていたら「3密回避」も元の鞘に収まっていたかもしれないが、2年以上ともなるとさすがに人間本来の感性や本能が目覚め始める。コロナショックは人間に人間本来の〝個体感覚〟を呼び戻し、人間復興へのプロローグとなるのではないか。

 〝3密嫌悪〟の行動変容は「息苦しい集中から開放的分散へ」の精神的衝動である。二地域居住やワーケーションを求める人間の本性が、これまでなかなか実現しなかった「均衡ある国土の発展」につながることを期待したい。

ニッポンの魅力

 弧状列島からなるニッポンの魅力は南北3000キロメートルにも及ぶ地形がもたらす四季折々の変化と豊かな郷土色である。にもかかわらず総人口の約3割が首都圏(一都三県)に密集居住している。そして今や、首都圏で生まれ育ち、親や祖父母とは違い、自然豊かなふるさとをもたない世代が増えている。

 解剖学者の養老孟司氏は、二地域居住を〝現代の参勤交代〟と表現して推奨する。人工物に囲まれた都会で頭脳ばかりを使って仕事をしている現代人は精神的バランスを崩しうつ病になりやすい。定期的に田舎暮らしをして農作業などで体を動かせば心と体のバランスが回復し心身ともに健康になる。極めて簡略化するとそういう主張である。

 同氏はお盆の時に帰る田舎がない人たちが増えてきていることについて「二地域居住は田舎をつくることにもなる」と指摘する。定期的に帰る田舎を決めておけばそこに親族的人脈が生まれ、精神的な故郷になる。こうした二地域居住を政府も推奨する。その理由は個人の健康維持のためだけではない。

 例えば首都圏に大地震が来て復旧が長引いたとしても多くの人が「第二の家」を持っていれば避難先として利用することができる。また、都会人が野菜づくりなどの技術を学ぶことは国民に「食料自給」の意識を植え付ける。日本の食料自給率の低さは有名だが、国民の危機感のなさがそうした状況を許しているともいえる。首都直下地震は明日起きても不思議はないが、東京都の食料自給率は1%しかない(北海道は196%)。政府は二地域居住を本気で推進するのであれば、普段から地方との行き来をしやすくするためにも高速道路無料化は真剣に検討すべきだろう。

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 東京建物不動産販売執行役員・投資商品開発部長の中町純一氏は二地域居住ではないが、家の近くの貸し農園でもう12年も趣味の野菜作りを続けている。それほど長く続けてこられた理由について「金銭にはかえられない心身へのプラス効果が大きかったからだ」と述懐する。具体的には、朝から体を動かすことで脳が活性化、土いじりでストレス解消、園主や耕作仲間との交流、季節の移り変わりなどをリアルに実感する楽しさなどがあると言う。

 中町氏は東京都練馬区出身で東京育ち。慶大法学部を卒業後、東京建物に入社。以後ほぼ一貫して同社の法人仲介、投資部門を歴任。仕事関連のゴルフに費やす時間は年間280時間だが、野菜づくりはそれよりも多い299時間。土と語り合う時間がいかに魅力的かを示している