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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇18 新感覚「東京支店長」 コロナ禍に大会社から転職 清水啓充氏、58歳の決断

 多くの人は現実のしがらみに縛られて、変われずにいる。例えば〝東京〟という雑踏から逃れたくても、地方には現在の収入を確保できる仕事がない。「収入の代わりに得るものがあるからいい」と自分自身は納得しても妻や子を説得する自信はない。結局、社会が大きく変わるしかないのだ。

 コロナが収束したら元に戻る部分と、収束しても戻らない部分があるのではないかという議論が交わされ始めた。 例えば、満員電車に詰め込まれての通勤はさすがに誰もが戻りたくないし、社会もその方向に変わっていくのではないか。つまり、リモートワークを使っての在宅勤務やオンライン会議を定着させ、社員の出社日数を減らす企業を政府や社会が奨励するようになるだろう。

 〝密閉回避〟も元に戻りにくい。コロナが収まったとしても換気の悪い地下の居酒屋やレストランなどはなんとなく入りづらい。飲食は開放的でオープンな場が好ましいという文化・街づくりが進むのではないか。

〝密集〟の親玉

 密接、密閉、3つ目の密集はどうだろうか。最大の関心事は、密集の親玉ともいうべき〝東京一極集中〟が今後どうなるかである。

 東京の不動産業界では大半の人が「これからも続く」と答える。しかし、そう答える人の多くは「みんながそう答えているから自分もそう答えておこう」といった人たちではないか。それを非難することはできない。社会とはそもそもそういうものだからである。「多くの人が言っていることが正しい」という前提に立たなければ社会そのものが成り立たないだろう。

 では、事実はどうなっているのか。10月4日に日本不動産ジャーナリスト会議で講演した藻谷浩介氏はこう指摘した。「都内に居住する15~44歳の若い人口は15~20年の5年間で8万人減少した。ただ、この間の流出入を見ると59万人の転入超過。ではなぜ8万人減少したのか」。

 種明かしはこの5年間に51万人が15歳を超えたが、なんと118万人が44歳を超えてしまったのである。「つまり、この5年間で若者学校に51万人の新入生と59万人の転校生が入ってきたが、それを8万人も上回る卒業生がいたということである」。

 少子化はこれからも進むため、この差は今後ますます大きくなり、東京の高齢化が急速に進むという話である。藻谷氏は〝ファクト発見業〟を自認する日本総合研究所の主席研究員だが、事実に基づけば「東京神話が崩壊する可能性は高い」と述べる。

人生は一度切り

 そうした中、東京のオフィスや商業ビルの賃貸仲介に長年関わってきた清水啓允(ひろみつ)氏(写真)がこのほど、岡山市に本社がある不動産会社トラスト大創の東京支店長に就任した。前職は10年間勤めた日本郵政のグループ不動産統括部次長という要職。日本人の誰もが知っている大会社の次長から地方の一企業に転職した理由は何か。当然猛反対した奥さんの説得には相当なエネルギーを要したという。

 結論的には「残りの人生を考えたとき(現在58歳)、大きな会社でいくらでも代わりの利く歯車でいるよりも、自分が本当にやりたいことをやる最後のチャンスと考えた」と話す。いわばよく聞く動機と言えなくもないが、実際に行動に移せる人は少ない。

 それはともかく、注目すべきは「東京支店長」という新たな肩書である。妙な新鮮味を感じないか。東京を地方の一都市と見る新たな思考がそこにある。東京の大学を卒業し88年に入社した生駒商事(現CBRE)から不動産人生をスタートさせた同氏の半生は、いわば東京マーケットにどっぷりとつかってきた。そんな彼が地方から見た東京という視点を持ったとき、コロナ後の不動産ビジネスにどんな新機軸を打ち出すのか。日本郵政に引き抜かれる前からの旧知の友人たちは興味津々である。