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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇16 愛しき住まい 自分らしく暮らす夢 我と語り、我を知る感性の場

 自分の感性や趣味にマッチした空間を求める傾向が強まっている。大東建託が新規事業として始めた「いい部屋・スペース」もそうしたニーズに応えたものだ。ましてや、部屋の集合体である住まいが感性と無縁ではあり得ない。そこで住まいと感性との関係が気になる。また住まいは自分や家族が幸せになるためのものだとすれば、そうした住まいが備えるべきものは何か。

心地よさの追求

 大東建託が始めた新サービス「いい部屋Space」は、同社が管理する建物の空きスペースを利用して、多様なコンセプトをもった個室に改装し、15分単位で貸し出すというもの。テレワークスペースや会議室、休眠、友人らとの会食、家族とのミニ・レジャーなどその活用スタイルは様々。料金は入会金なしの従量課金制で気軽に誰でも利用することができる。 

 自分が〝楽しい〟〝心地いい〟と感じる空間を求めるこうした傾向は当然、住まい選びでも顕著になりつつある。一昔前まで住まいは社会的ステータスとか、〝一国一城の主〟になることとか言われてきた。それが今は「自分らしいライフスタイルを実現するための場」、「家族が共に成長していく場」に変貌した。〝暮らし〟そのものへの関心が高まっているのだ。

 にもかかわらず、住宅業界がその訴求ポイントを耐震・耐久、防災・防犯、省エネ、IoTによる利便性など性能や機能面に重きを置いているのはなぜだろうか。住宅の機能や性能が優れていることは今の時代なら当然で、そこで多少の優劣があったとしても住まいを求める人の心は動かない。むしろ競うべきは住み手の感性に満ちた空間造り、多様化し始めた個人の価値観を暮らしの中でどう体現していくかという仕掛けづくりではないだろうか。

 その意味では〝ガレージハウス〟や〝音楽家マンション〟など賃貸住宅業界のほうが時代のニーズに対応しているように見える。しかし賃貸住宅には限界があって依然として単身者や小家族向けが中心だ。ライフスタイルの多様化・個性化に対応した住宅が普及していくためにはどうしても持ち家・分譲市場での変革が必要となる。

 ビジネススタイルがかつての「大量生産大量消費型」から「多品種少量生産型」に移行しつつあることは今や住宅業界に限らない。まして日本は今後30年間で人口が22%も減少するのだ。

高まる自然志向

 最近、ビールのTVコマーシャルで目立つのがリゾートや住まいの庭先で飲むアウトドア的シーン。時代の空気はまさに〝自然回帰〟である。それはなぜなのか。現代社会があまりに人工的でかつ無機質で都会的な合理性と利便性に満ち溢れているからではないか。人類の歴史の中で現代ぐらい自然志向が高まったことなどなかったように思う。

 また、今の日本社会は建て前が主導し本音が影を潜め、矮小化された議論ばかりが繰り返されている。その反動がおおらかな自然への回帰ではないか。そこには、つまらない生き方をしている間に人生が終わってしまうのではないかという現代人特有の焦燥感もある。合わせてAIの登場によって現代人は「人間の存在意義は何か」という人類史上最も深刻な問いにも直面しているのである。

 だから住まいは自分を見つめ、自分を取り戻す場としての役割が増している。自分を取り戻すためには自分との対話が必要だが、自分と語り合うということは何かを介さなければできないことである。なぜなら自分とは、何かに対しての自分だからである。

 家族がいるから語り合うことができる。家族のように思っているペットも同様だ。車好きの人が愛車を眺めながら暮らしたいと思うのは愛車を介して自分と語り合うためである。そうした身近な存在と自分との関係性の中で人は自分を理解し、成長していく。だから人にとって住まいは、この世の中で最も愛しい存在となるのである。