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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇6 文明史的転換か まだ見えぬ「新たな価値」 人と人との間にある「空」

 近年、「新しい価値」という言葉がよく聞かれる。それはどういうものだろうか。〝新しい〟という以上は既存のものではない。既存のものではないということは、まだ誰も目にしたことのないものだ。ということは、「新しい価値」を見つけるということは実は容易ではない。

 例えば、「スマートロック」は〝鍵のある暮らし〟をより便利に、快適にするものだが、それは「新しい価値」だろうか。もし、鍵のいらない社会をつくることができたら、それは間違いなく「新しい価値」となるだろう。

 あるいは、リニア新幹線は東京―名古屋間を40分で結ぼうとしているが、それは「新しい価値」なのか。名古屋を時間的に東京圏に組み入れるものだとすれば、むしろ名古屋という価値の減殺をもたらすことにならないか。

 このように考えると、価値というものはもともと絶対的なものではなく、相対的というか、かなりあやふやなものであるという気がしてくる。そして、この世に「絶対的な価値」が存在しないとすれば、この世の一切は「空」(くう)である。

 ただし、この「空」は非存在を意味するのではなく、ただただ〝空(むな)しい〟ということだ。あらゆるものは存在しているが、空しいとしか言いようがない。

 一方で、「空」は空しくないという説もある。この世に絶対的価値はないとすると、確かにすべての存在が空しく感じられるが、同時にすべてのものは「縁」で成り立っていると考える。すると、その「縁」は、「価値」よりも確かな味わいを持ち始めるというのだ。

 例えば、自分から見て、自分の周りのヒトやモノは自分と何かしらの「縁」でつながっていて、その「縁」こそが、この世のすべてとなる。なぜなら、その「縁」の濃淡があればこそ、ヒトはこの世で生きている感覚を味わうことができるからである。

 つまり、空しくない「空」とは、あえて例えれば、数学のゼロのようなものである。数学の「0」は画期的発明であり、無ではなくそれどころか10、100、1000と数を創造し、無限大に広がっていく。この世の自分と他者との間にあるものも、この「0」のように創造的な「空」と捉えれば、この世の人間関係は千変万化し、あるいはどこまでも深くつながることができる。

元には戻らない

 コロナ収束後、「働き方改革」がどう進むのかに注目が集まっている。なかでもテレワークの普及はこれからの都市のあり方、オフィスのあり方を大きく変えてしまうのではないかと思われる。

 仮にコロナ収束後もテレワークが加速し、会社で社員同士が顔を合わせる時間が少なくなっていくとすれば、そこでの人間関係は従来のものとは変わってくる。今、現役で働いている人たちの多くは、コロナ前の職場環境を体験しているので、「元に戻る」という表現を使うが、これから入社してくる世代の5年後、10年後にはもはや〝元〟はなく、新たな風景を満喫していることだろう

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 6月30日、日本不動産ジャーナリスト会議で講演した森ビル営業本部オフィス事業部・営業推進部部長補佐の竹田真二氏はこう語った。

 「コロナが収束したからといって、社員の出社率が完全に元に戻るとは考えにくい。これからの都心オフィスの役割が大きく変わってくることは間違いない。重要視されるのは社員同士のコミュニケーションの深化と企業文化の推進ではないか」

 同社の企業文化といえば、長い歳月を要する大規模な都市の再生。今進行中の「虎ノ門・麻布台プロジェクト」のコンセプトは〝緑に包まれ、人と人をつなぐ「広場」のような街〟。オフィスの役割も、街づくりの課題も人と人とのコミュニケーションが主眼となる時代である。同時にそれは、人と人とのつながりはどうやって生まれるものなのかを考える時代にもなったということである。