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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇74 現代は〝人の世〟か 異常な閉塞社会 住文化が日本を救う

 ペットマンション、ガレージハウス、夜でも楽器が演奏できる防音マンションなど賃貸住宅市場で目立ち始めたコンセプト化の動きが住文化への扉を開く。住文化とは、住まいをハードではなくソフトで捉えることである。

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 日本はこれまで住まいをハードの良し悪し、設備の利便性、将来的資産価値の有無などで評価してきたが、これからはそうした機能・性能面は当然のこととして、住み手のライフスタイルとの親和性がより重視されるようになるだろう。

 なぜなら、コロナを機に、誰もが自分とは何か、本当は自分は何がしたいのかを考え始めたからである。当然、住まいについても、自分にとっての住まいとは何かを考えるようになった。

 ということは、これからは住まいは誰にとっても共通の不動産としての良し悪しではなく、住み手にとって日々の生活の質を上げていくソフトとなるかどうかで評価される時代になっていく。

 日々の生活の質とは仕事、趣味、生きがいと多岐にわたるが、実はいま我が国にとって最大の懸念となっている少子化問題にも、日々の生活の質が大きく関わっている。

 政府は少子化対策として保育士の賃金引上げとか、子育て世帯に対する経済的支援などを行っているが、少子化問題の根本にあるのはそうした金銭的問題ではなく、社会全体を覆う閉塞感である。

 個々の世帯への経済的支援の前に政府としてなさなければならないのは、国民が日本という国に誇りをもち、個人と社会を運命共同体と捉える勇気をもてるようにすることである。簡潔にいえば国民として明るい未来をもてるようにすることだ。

 今の日本は社会の底が抜けている。生きているというワクワク感がない。働いているのに世の中の役に立っているという実感がない。だから仕事を芯から楽しめない。今はそういう人が多いのではないか。社会の底を支えるのは家庭と地域である。

むなしい核家族

 つまり少子化対策の根本は家庭という基盤を強化し、地域コミュニティを復活させ、国民の日々の生活の質を高めていくことである。年間の婚姻件数と離婚件数が3対1という今の日本社会は異常である。全世帯のうち単身世帯が38%で、かつて標準世帯と言われた「夫婦と子」世帯の25%をはるかに上回っているのも異常である。

 単身世帯増加の背景には戦後進んだ〝核家族化〟がある。核家族とは、子供は独立すれば親元から離れ新たな世帯をもつことだから、残された親は夫婦だけの暮らしにもどり、いずれは単身世帯となっていく。このようにむなしい細胞分裂を繰り返す家庭が社会の底を支える力になるとはとても思えない。

 今こそ日本は核家族化を当然のこととして見過ごすのではなく、親子三世代が共に大きな家で暮らせる、または同じマンショに近居しやすくなるような施策を検討すべきである。随筆家の故山本夏彦氏は「老人のいない家は、家庭ではない」という名言を残した。

 「親から子へ、あるいは孫へと代々継承するものがなければ、そこは家でも家庭でもなく、人の世でさえもない」と―。昔のことを語って聞かせる老人がいなければ、子供は生きた歴史を身近に感じることもなく、自分がこの世に生まれてきた不思議や命の連続の尊さに思いをいたすこともない。昔を知らなければ自分が生きている時代の意味が分からない。生きている意味が分からない人間ばかりが増えれば、確かに人の世とは言えないだろう。

 今の日本人が心底求めているのは、家庭や地域が社会を支え、人々の心が通い合い、これが人の世と感じることのできる社会である。それは生活の基盤となる住まいが住文化をもつことによってのみ達成される。