総合

彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇72 参加者は泣いた 愛の深さに 「ひと」の命の果敢なさに

 リブラン創業者の鈴木静雄氏は11月27日、東京・椿山荘で「『狂愚三昧の経営』出版及び、一般財団法人ひと・住文化研究所設立〝感謝の集い〟」を開いた(3面参照)。

 『狂愚三昧の経営』は鈴木氏の60年近い波乱万丈の人生・経営経験を赤裸々に綴ったものだが、なかでも今は亡き弘子夫人との二人三脚で50年もの間会社を切り盛りしてきたストーリーが感動を集めた。感謝の集いの第一部では弘子夫人との出会いから別れ(18年に78歳で逝去)までを脚本化した朗読劇がプロの俳優によって演じられ、参加者の涙を誘った。

   ◇      ◇

 ひと・住文化研究所(鈴木静雄代表)は11月に発足した。設立宣言にはこうある。

 「住まいの乱れは地域を破壊し、ひいては国を亡ぼす。今こそ私たちは住宅・マンション、街づくりに〝ひと・住まいの文化〟という思想をもって、従来の大量建設と異なる新たな行動のスタートを切るときである」

 このような研究所は本来なら、戦後の住宅難解消のために始まった住宅建設五カ年計画と同時に発足しているべきだった。しかし、現実は「ひと・住まい文化の思想を忘れて国、公共団体、民間マンション業者によって建設された狭小集合住宅、中高層共同住宅は、日本の伝統的住まい文化に馴染まないまま景気産業化された」(同設立宣言)。

 人間にとって最も大切な住まいが40年間も景気対策として扱われてきたのだから(五カ年計画は第八期まで続いた)、その軌道修正は口でいうほど簡単なものではない。

感性の住文化

 軌道修正を阻む最大の要因は、「ひと・住文化」の思想とは何かが国民に明確に認識されていないことである。

 不動産経済研究所顧問の角田勝司氏はこう述べる。「研究所の名称に〝ひと〟を冠詞として置いたことで、住まいを根底から捉えなおす頑な姿勢が表現されている」。

 では「ひと」とは何か。人間の性質(人間性)は未知数だが、AIの出現によって、人の本質を今こそ解明しなければ、人類は人間としての進歩を放棄しなければならない危機に迫られている。

 人間とは何かを解明するキーワードは「感性の力」である。脳科学者の中野信子氏は、脳の中には物事を判断する仕組みとして勘により迅速に判断するシステムと、論理や理性に基づいてゆっくり慎重に判断を下す二つの系統があるという。それはなぜか。論理や理性に従うことばかりが必ずしも人類の進化(人間の幸福)につながるわけではないからだろう。

 ふたつのシステムのバランスを取ることこそが人間の幸福につながるということなのかもしれない。迅速に処理するシステムを「直感」と呼ぶなら、その直感はどこから生まれてくるのだろうか。

 ここから先は筆者の仮説だが、二つのシステムは、実は完全に分離しているわけではなく、どこかの端でつながっていて情報交換をしているように思える。だから、よく聞くことだが、科学者が一つのことばかりを論理的に考え続けていると、あるとき突然に「こういうことではないか」と直感がひらめくことがある。 では、直感とは論理的思考を突き詰めた先にあるのかといえばそうではない。直感が生まれる基底にはこれまた普段から磨かれた感性の力が必要となる。感性がきらめいて直感がひらめくからである。

   ◇      ◇

 弘子夫人への尽きない思慕を綴った朗読劇が終わり舞台の前に進み出た鈴木静雄氏は意外にもこう語った。

 「これを他人事と思ってはいけません。皆さん一人ひとりの問題ですよ」。つまり愛する者への感謝は生きている間に伝えてこそ意味があるし、伝え過ぎるということはないのだと。

 目の前で起きている事象をどれぐらい自分の問題として引き寄せることができるか。これも感性の力である。