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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇50 住まいはハードか、ソフトか 感性で選ぶという論理 仲介業に課せられる義務

 〝追客〟という言葉を最初に聞いたとき、アフターサービスのことかと思った。

 マーケティング戦略として、ターゲット層を分析する言葉はいろいろあるが、はじめてその意味を知ったときは驚いた。追われるほうはたまらないだろうなあと。ここに未だに不動産会社の敷居を高く感じる人が多い根本的要因があるのではないだろうか。

 今年は物件探しから契約までオンラインで取引する道が解禁となり、その需要も徐々に広がりつつあるようだ。その背景の一端には不動産会社との間に一定の距離感を保ちつつ交渉を進めたいという心理が消費者側にあるように思う。しかし、デジタル化が進めば進むほど、皮肉なことにそうした〝追客〟のためのシステムも精緻化されていく。

新たなサービス

 あらゆる商品の中で、住まいは庶民にとって最も高額である。従って購入するまでの検討期間がどうしても長くなる。だから〝追客〟という思考は事業者にとって必須であり、かなり重要な戦略ともなる。

 しかし、人口減でマクロ的には減少していく購入客を不動産会社が一斉に追いかける戦略はあまり合理的とは言えない。そこで、これからは追いかけるのではなく、待ち構えるという戦略が有効になるだろう。

 他社にない商品・サービスとは何かを考え、自社だから提供できるサービスを開発できれば、それが強力な集客ツールとなる。

 他社にないサービスと知れば客のほうからやってくる。住友不動産販売が昨年から始めた「ステップオークション」はその好例と言える。売主にはかなりの好評を博しているようだ。

 仲介のようなサービス商品ではなく、住まいそのものを自社商品として開発するメーカーの中には「将来的には営業をなくしたい」とまで語る経営者もいる。自社が開発する住宅にほれ込む客層がたとえ限定的であっても、心の奥深く突き刺さる商品を提供できれば、もはや営業はいらないという考えである。

 言われてみれば住宅はハードであり、生活のための器に過ぎないが、住宅ほど住み手の感性をくすぐる商品はほかにない。住まいが生活の器なら、人が生活に求めているものは潤いだから、その器にも人の心を潤す感性がなければならない。

マッチングサイト

 住宅が感性であるなら、その仲介という仕事にも感性が必要だ。売買仲介において近時、消費者と営業担当者をマッチングするサイトや、会社ではなく自社の営業社員をアピールする会社が出てきた背景がそこにある。

 今のところは営業社員の年齢、保有資格、契約実績、得意分野、趣味などで判断してもらう程度だが、いずれは営業社員の住まいに対する思いや体験談、プロとしての設計思想・新たな提案なども紹介されるようになるべきだろう。なぜなら、購入者にとって住まいは資産としても、生活の器としても長く付き合うものだから、住まいについて深い価値観を共有できる人物を住まい探しのパートナーにしたいと思うのは当然だからである。

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 住むほどに愛着がわくと言われる住まいだが、住み続けるための物理的基盤を支えていくのも仲介会社の大切なサービスの一環とすべきではないか。

 とはいえ、仲介会社が上限の定められている媒介報酬だけで、これらのサービスを展開していくことは難しい。媒介報酬を自由化し、サービスの幅と質を広げつつ、顧客との長期的関係を築いていってこそ、顧客から信頼される売買仲介市場の未来が見えてくる。

 住まいという〝一生もの〟を扱っていながら、「契約したらさようなら」という姿勢では、何年経っても国民的信頼は得られない。そうした業界に若い人材が夢や希望をもって入って来るとも思えない。住み始めてからが本当のサービスの始まりと考えてこそ、〝追客〟という言葉が生きてくる。