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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇31 住まいという思想 造る側こそ夢を語れ ハードも立地も超えて

 「住まいとは何か」と問われて即座に答えられる人は少ない。原始時代ならともかく、「雨風をしのぐ器」との回答に満足する人はいないだろう。「家族の絆を深める場」との回答はファミリータイプの住まいにしか通用しない。一人世帯が多い現代における住まいの定義としては、「暮らしに対する考え方(生活思想)を具現化したもの」といったところだろうか。

日本の家屋

 三井不動産レジデンシャルは今年1月5日から7日、アメリカのネバダ州ラスベガスで開かれた世界最大規模のエレクトロニクス展示会「CES2022」に自然に寄り添うことで環境に優しい暮らし方を可能としてきた伝統的日本家屋の実物大を出展した。 カーボンニュートラル社会の実現に向け、今後の分譲マンション(住まい)のスタンダードを提案したものだ。四季の変化を巧みに捉えたパッシブデザインと、電気エネルギーを自ら生み出し効率的かつ抑制的に使うことができる最新テクノロジーを組み合わせた。

 同社はまた日本のすまいの特徴の一つをこう指摘している。「障子やふすまの開閉によって食堂・寝室・客間を使い分け、ときには大空間にして冠婚葬祭までも自宅で行うなど汎用性の高い間取りを実現してきた。これは、現代のように生活スタイルやライフステージに合わせてリフォームを行う必要がなく、永続的に住み続けることができる〝ロングライフ住宅〟であったとも言える」

 地球環境問題がますます重視されるようになった今、自然との共存や「大は小を兼ねる」というシンプルな思想を持った日本の住まいを世界にアピールする意義は大きい。

 コロナ感染が続き、人と接することへの制約を余儀なくされる中、住宅展示場やマンションのモデルルームのあり方を見直す動きが本格化している。かつてはどちらもハードとしての〝見本〟を見せることで、住まいを求める人たちに〝夢〟を提供するのが目的だった。しかし、これからは住まいの供給者側が「住まいとはこうあるべき」という思想を、つまり住まいを造る事業者としての責務と〝夢〟を語るべではないだろうか。 そして、住まいを求める人たちには「住まいって何だろう」と改めてじっくり考えてもらう場所としてのモデルルームにすべきではないか。 その結果、住まいの造り手と住まいを求める人との思想が一致すれば、今すぐ買うかどうかは別にしてもファンになってもらうことができる。それこそが言葉をもてあそぶのではなく、言葉(思想)を究める真のブランド戦略と言えるだろう。

モデルルーム

 住まいについての夢や思想を語ることを主眼とすれば、マンションのモデルルームは従来のように必ずしも一物件ごとに設置する必要はない。ハードや立地条件を超え「住まいとしての真髄」を語ることのほうが重要だ。モデルルームを集約化する動きは既に始まっているが、それはコスト削減のためではなく、ブランド力を強化する新戦略とならなければならない。     ◇     ◇

 自動運転が目前に迫る中、自動車業界は車を〝動くリビング〟〝動く会議室〟など従来的思考とは異なる捉え方を始めている。では住宅業界はこれからの住まいをどう捉えるべきなのか。

 吉田兼好が教えてくれている。住まいとは住み手の思想表現ーーまさに「住まいは人なり」である。お掃除ロボット、ペットロボット、スマートスピーカー、いずれはキッチンロボットや介護ロボットも住まいの中に定着するようになるだろう。

 だからこそ、住まいの本質は住み手が主役に、更に言えば住み手の思想表現とならなければ人間の居場所はなくなっていく。「どんなにAIが発達しても人間でなければできない仕事がある」との主張が説得力を持つためには、別に芸術家とまでは言わなくても〝効率〟だけでは評価できない仕事がこの世にあることを人間は証明しなければならない。