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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇26 見えないものを見る力 不動産DXの使命 社会と地域住民の幸せ

 人口3万人に満たない福井県小浜市にある平田不動産(平田稔社長)は11月30日、「360度VR」を展開するスペースリーがサービス開始5周年を記念して創設した「第一回不動産VRアワード」を受賞した(他に4社)。

 今年で創業38年となる平田不動産は現在、賃貸住宅1500戸、テナント100戸、駐車場700台を管理している。その煩雑な業務一元化のためにオーナーアプリを導入するなどDXの推進に余念がない。

 ただ、小さな地方都市の小さな不動産会社(従業員15人)が同賞に選ばれた最大の要因は、規模は小さくとも地域密着企業の使命としてDXの先に見据えているものの明瞭さにある。

〝土〟から〝風〟へ

 同日、スペースリー主催のオンライン座談会に参加した平田社長はこう語った。

 「地元企業にとって、商圏の規模が会社の規模となる。(そうした限界の中で)更に成長していくためには、不動産を〝土〟ではなく〝風〟として捉え、地元にとって〝役に立つ会社〟から〝意味のある会社〟に変身していかなければならない。小浜市でも土地所有者の多くが高齢者。その大事な資産を後世に残して行くためには、町を活性化していくしかない」

 「そこで、例えば不動産会社に払った仲介手数料などのお金の一部が地元の活性化、町づくりに回っていく、そうした仕組み(ファンド)をつくることができないか」

 この発言を受け、同じく座談会に参加していたアート不動産(愛媛県松山市)の吉田宏社長はこう語った。

 「紹介やリピーター客を増やすためにDXを活用したい。顧客を生涯囲い込んでいくためのコストであれば地元に落ちる。外部に出ていってしまう一般的な広告費は地元の不動産会社としてはどうかと思っている」

本来の意味

 両社長のコメントから見えてくるのは、DXは地元と共に生きていくしかない不動産会社がその限界を打ち破るためのツールになってこそ〝本当の意味〟が生まれてくるという思いである。

 座談会の司会を務めたスペースリーの中嶋雅宏COOも、DXはあくまでもツールであることを強調した。「大事なことは地域貢献である」と。DXは今のところは、生産性向上や業務の省力化などの観点から議論されることが多い。しかし本当はそれを地域や住民の幸せにどうつなげていくかを議論することこそ重要だ。

 不動産DXを導入し始めた会社からは、「従来は終電が当たり前だったが、今は社員が7時か8時には帰れるようになった」(大手流通会社)、「年間の休日を85日から105日にまで増やすことができた」(地元不動産会社)などの報告が増えている。つまり、デジタル化の推進が社員の幸せにつながり始めた今こそ、その流れをユーザーや地域社会に広げていく発想が経営者に求められている。

「会社に来るな」

 リブラン(東京・板橋区にある中堅ディベロッパー)創業者の鈴木静雄氏は「社会課題の解決に寄与することが企業の使命である」と断言する。そして、「住宅・不動産会社はその本業をもって社会や地域に貢献できる最高の位置にある」とも。

 鈴木氏はレトリックを効かして、しばしばこう語っている。「社員は会社に来るな、地域に出勤せよ。仲介会社は仲介をするな、ディベロッパーは建物を建てるな」と。その真意は「仕事をする前に、よくその意味を考えよ。地域に出ればその意味が見えてくる」ということだろう。そしてこうも語る。「見えないものを見る感性がなければ次代を担う経営者の資格はない」。

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 JR小浜駅に程近い小浜漁港は家族連れなども訪れる釣りの名所である。平田不動産の平田社長はこの小浜港から遠くの白い灯台を眺めるのが好きだという。その光の先に不動産DXの未来を見ているのかもしれない。