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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇20 不動産DXの未来 その先は哲学 人間の立ち位置めぐる課題が

 データ化、デジタル化が進む日本の不動産業。その先に待つのは哲学的課題である。例えば、住宅のエンドユーザー側からいえば、住まい選びがビッグデータやVR技術で効率化されるのは歓迎だが、住まい選びが〝効率〟という一本のモノサシに傾いていってしまうことに不安はないのか。仲介や買い取りなどを行う不動産事業者側にしても業務の大半がビッグデータとそれを分析するAIの能力に任せていけば、人間の仕事としては果たして何が残るのだろうか。

 住宅は不動産の原点である。大和ハウス工業は今やグループ売上高4兆円を超える建設・不動産業界のトップ企業に成長したが、「その根底には住宅からスタートした強みがある」といった趣旨のことをかつての経営陣らから聞いた覚えがある。つまり、事業領域を拡大していくことができたのは、当時の営業マンがすべて〝住宅営業〟を経験していたことで、人間を相手にする仕事の本質が分かっていたからだというのだ。それぐらい、住宅営業は事業者と消費者との人間的接触が濃い仕事だと言う。

 住まい選びには4つの原則がある。(1)欲しい住まいを、(2)欲しいときに、(3)欲しい場所に、(4)欲しい価格で――。この4原則のうち、(2)以下はビッグデータやAIの活用で判断できるようになるが、一番肝心の「欲しい住まい」とは何かを考えることができるのは自分という人間でしかない。「自分が欲しい住まい」について知るには「自分とは何か」が分かっていなければならない。住宅営業とはその難しい問い(哲学)に迫るものである。

 不動産業界は不動産テックやDXの進化について過剰な期待やバラ色の夢を抱くべきではない。なぜなら、デジタル化やDXの未来にあるものは今のところ効率性と合理性のみで、そこに人間の立ち位置が見えているわけではないからだ。

リアルにも注目

 その意味で、私は「令和マスターズさろん」という勉強会に注目する。元東急住宅リース社長で現在は東急不動産HD顧問の北川登志彦氏が代表理事を務めている。北川氏は東急リバブルでソリューション事業を立ち上げた人物として知られており、もともとが〝変革の人〟である。東急住宅リース社長になってからは不動産DXの研究を進め、次世代不動産業のあり方を模索している。「業界の枠を打ち破れば、どんな逆風もチャンスに変わる」が持論で、同サロンでも会社や世代の垣根を越え、様々な人材が交流する活動を行っている。

 当面のテーマは不動産業界におけるDXの行方だが、関心事はバーチャルの世界だけではない。理事でコスモスイニシア社長の高智亮大朗氏の言葉を借りれば「店舗やオフィスなどにおける人間同士のリアルな世界が持つ熱量を今後どう共有していくべきか」も大切なテーマとなる。

 10月21日に開かれたオンラインサロンでは、第1部で急速に広がるテクノロジーと不動産の新しい存在意義について、NTTデータ経営研究所 シニアマネージャーの川戸温志氏と、リアルゲイト社長の 岩本裕氏が講演した。

 第二部では、今注目の不動産テック企業であるestie社長の平井瑛氏と、iYell社長室長住宅DX管掌の石川仁健氏が自社の事業内容や今後の展望を語った。

 そこではビッグデータの活用やAIの進化は日本よりも米国などで急速に進んでいること、バーチャルオフィスに対する違和感なき時代が早晩訪れること、そうなればなるほどリアル店舗の役割と位置づけが重要テーマになってくることなどが示された。

 平井瑛氏は不動産DXとは「データとデジタル技術を活用して〝計測〟と〝改善〟を進めることだ」という。そして最大の課題は「不動産業の次のステップをどうすれば顧客と共に前に進めることができるかだ」とも指摘する。不動産業は、顧客と最も密接に関わっている産業であることを忘れてはならない。