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彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇13 AIが人を幸せにする道 不動産DXのゆくえ 社員の仕事と心にゆとりを

 不動産DXによる業務の効率化は劇的だ。例えばSREホールディングスのAI不動産査定ツールを使えば従来ならベテラン社員が3時間ほどかけていた作業も最短10分に短縮できる。また売買契約書の作成時間も同社のAIクラウドサービスを利用すると平均60%も削減できるという。これまで旧態依然たる産業の代表格のようにいわれてきた不動産産業がAIでどのような変貌を遂げるのか。それは国民との信頼関係構築に貢献するのか、果ては国民を幸福にするのか、その道筋が重要だ。

 要するに最大の焦点は不動産DXによる企業の生産性向上が国民生活に幸福をもたらすのかどうかだ。不動産産業は住宅提供をはじめ、資産形成のための不動産投資、近年は自宅リースバックなど国民の幸せに直結する。

 業界で著名な清水千弘教授は「人は幸せになるために住宅を購入する。だから仲介会社の営業社員は自分が扱う商品が真に顧客を幸せにするものかという点に最も心を砕く必要がある」と指摘する。

 これに関連して「顧客を幸せにしようと思えば、まず社員が幸せでなければならない」とか、「顧客ファーストの前に社員ファースト」などと言われる。一見、建前のようではあるが、これほど道理を突いた真実もない。自分を幸せだと思っていない人間が、どうして見ず知らずの者を幸せにすることができるだろうか。不動産DXはまず社員を幸せにする必要がある。

サンエイホーム(所沢市)

 所沢にあるサンエイホーム(川島輝彦社長)の新井克明専務(DX推進担当)は不動産テック企業のスペースリーが開いたオンラインセミナーでこう証言した。「DX導入前のわが社は夜12時まで電灯が点いているような会社だったが、今は7時には消えている。休日も85日から105日に増えた」。

 「残業も減り、社員にゆとりが生まれた」とも語る。そして不動産DXの目的を聞かれた新井専務はこう答える。「作業時間を減らし、知的生産に集中することだ」と。

 同社は新井専務が7、8年前にウエブ戦略室を立ち上げ、人材も5年ほど前から募集し始めたという。当初は新井専務が陣頭指揮を執っていたが、最近は戦略室に限らず社員のほうから様々な提案をしてくるようになったという。まさに知的生産に集中できている証拠だ。

 DXで業務が効率化され、社員の待遇が良くなり、仕事と心に余裕が生まれることで、社員が自発的に行動するようになる。それが更なる社内改革につながっていく。不動産DXにはそういう好循環を生み出す力があるということだろう。筆者も覚えがあるが、地元で社員が夜遅くまで疲れたようにパソコンに向かって仕事をしている不動産会社に、住まいや不動産投資などの大事な相談に行こうとは思わない。

 〝10年後の当たり前〟

 9月1日、日本不動産ジャーナリスト会議(オンライン)で講演したSREホールディングス(旧ソニー不動産)の西山和良社長は、ソニー不動産が業界変革の旗手として注目されていた頃と今の心境について聞かれるとこう答えた。「エージェント制などソニー不動産が掲げた方向性は今でもSRE不動産が継承している。ただ、当時から多くの不動産会社の経営者とお話をさせていただく中で、AI査定など当社が開発したシステムを多くの不動産会社に提供し活用してもらうことができればもっと早く業界全体をよくしていくことができると考えた」

 その言葉は実践され、同社のシステムを利用している会社は昨年度末で1000社、今年度末には1700社まで増える見込みだ。西山社長は「わが社は〝10年後の当たり前〟を造っていく」という。 確かにAI技術の発展スピードを考えれば、想像もつかない世界が10年後に訪れている可能性は高い。我々はそのスピードに目がくらみ、肝心の国民を幸せにするための道筋を見失ってはならない。