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大言小語 人にしかできないこと

 夏が終わるこの季節、蝉の死骸をときどき見かける。暑い盛りに鳴き声を響かせた後、力尽きたように道端で仰向けになっている姿はなんとも哀れだ。蝉の命は、地上に出てからはほんのいっとき。生き急ぐあまり、死に場所を選ぶ余裕などなかったかのようにも見える。

 ▼人間は十分な寿命を与えられ、生き方も選べる。老後の生き方や終の住み家を考える余裕は十分にある。普通は要介護度が進むとやむなく自宅を離れ、老人ホームなどに入る。そしていずれは医療が必要になり、病院へ。厚生労働省の統計によると、昭和40年代までは在宅死が大半だったが、今では8割が病院で最期を迎えている。しかし、皮肉なことに長寿化によって高齢者が増えたことから、国は医療費削減のためベッド数を減らしている。地域包括ケアのもと、「在宅死」を増やす方向だ。

 ▼空き家が増えている。核家族化で独立した子供は家を出ていくから、長寿化が進めば高齢者の一人暮らしが増え、いつかは空き家となる。空き家増大が問題となるのは、社会構造の変化に住まいがうまくかみ合っていないからだろう。

 ▼かつて人は住まいの中で生まれ、そこで亡くなっていたが、今は住まいが「生」や「死」から離れた存在になっている。特に住宅供給側も「死」については目を向けないようにしてきた。住まいと人との関係をもう一度じっくりと考えてみたい。人にしかできないことだから。