総合

彼方の空 住宅評論家 本多信博 ◇106  シリーズ その想い(最終回) かたちで伝える 感性で受け取る

 志をもつ人たちの〝想い〟を聞いてきた。個人の孤立化、各層の分断化が進む現代社会で、個々人が抱く想いは果たして他者に伝わるのか。人と人とが理解し合うことはいつの世も難しいが、そこで諦めてしまえば前には進めない。突破口はどこにあるのか。諦めず、強い想いを世に伝えようとしている人たちの姿を通して、その答えを見つけたかったからだ。

   ◇      ◇

 結論をいえば伝わりにくい想いを伝える一つの手段は、その想いを形にすることである。シリーズ6回目(彼方の空・105回)に登場した宗教学者の町田宗鳳氏は住文化をテーマにしたシンポジウムで講演し、こう語った。

 「日本人は抽象的理念が苦手。そのかわり具体的なモノを見ると納得する民族である。だから住文化を広めるためには、毎日暮らす家やビルなどの建物を変革し、人の意識を変えるしかない」と。

 その〝意識〟について、シリーズ2回目(同・101回)に登場したアールシーコア(BESSの家)の二木浩三社長はこう語る。

 「高度情報化時代が終わり、これからは〝意識〟の時代がやってくる。価値観が拡散する社会では、AIやロボットに頼るのではなく、己の判断で人生を自ら導いていく覚悟が求められているからだ。そうした強い意志は住まいという具体的な生活空間の細部に意識を向け、感性を磨き、自分なりの価値観を構築していく中で培われていく。情報の海に溺れないためにも強い意志と感性が求められている」

 一方、想いの中には具体的な形にできないものもある。5回目(同・104回)に登場した不動産流通プロフェッショナル協会代表の真鍋茂彦氏が目指すのは、流通プロフェッショナルの意識改革そのものだ。真鍋氏は言う。

 「コンサルティングマスターも宅建マイスターも、その仕事が国民から信頼されるためにはプレイヤーとしてのコンプライアンス意識、人間としての品格が備わっていなければならない」と。

 ではそうした形のないものへの想いを、マスターやマイスターに理解してもらうためにはどうすればいいのだろうか。真鍋氏が考えているのは、ユーザー(消費者)がそうした見えない努力にもお金(報酬)を払うようになる社会の実現である。真鍋氏は言う。「マスターやマイスターに限らず、プレイヤー全員が依頼者のことを第一に考え、そうでない業者は完全に排除され、流通業界全体が国民からリスペクトされるようになれば、目に見えないサービスであっても報酬を払ってもらえるようになる」。

時を待つもどかしさ

 3回目(同・102回)には定期借地権の普及に社会変革を期す5人の専門家が登場した。定期借地権住宅は制度創設から約30年が経過し、既に何万戸という数が供給されているから、その意味では現実の形となって現れている。ただ、定借住宅の大きなテーマが契約期間満了時(早くて約20年後)の対応であることを思えば、その具体的事例はまだ一件もない。その意味ではまだ具現化されていないことになる。定借に想いを抱く人たちのもどかしさがそこにある。

 初回(同・100回)に登場した価値住宅の高橋正典社長も、もどかしさを抱く一人だ。同社では顧客が住宅を購入したあとも、その住宅の資産価値維持のために生涯関わっていくことを企業理念としている。ところが会社設立からまだ15年しか経っていないため、その想いはまだ道半ばである。

 想いを具体化した事例を既に数多く持っているのが、4回目(同・103回)に登場したドムスデザイン社長の戸倉蓉子氏である。看護師時代に患者が心から元気になる病院をつくりたいと建築家を志し、デザイン会社を立ち上げた。患者に愛される病院、10年経っても家賃が下がらないマンション、毎日がときめく個人邸などで社会的評価を得ている。まさに、「環境をデザインすることで豊かな人生創りに貢献したい」という彼女が形になっている。