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大言小語 媚びなかった英雄

 相手を倒す。そのためには体重を増やし、重いパンチで仕留める。それがプロボクシングヘビー級の常識だった。それを覆したのが、モハメド・アリだった。先日74歳でその生涯を閉じた。

 ▼「蝶のように舞い、蜂のように刺す」。アリの代名詞だった軽やかなフットワークと鋭い左からのジャブと右ストレート。相手を挑発するような振る舞いや物議を醸すような言動は、まさに時代の寵児(ちょうじ)だった。そして、ベトナム戦争に反対して、懲役拒否からライセンス剥奪。アリの苦悩と挫折はそのまま米国の苦悩へとつながり、ベトナム戦争からの撤退を余儀なくされた米国はその後かつての輝きを失っていく。

 ▼一方、アリは復帰し、当時無敗だったジョージ・フォアマンと対戦。誰もが負けを予想した戦いを制した、「キンシャサの奇跡」。三強と言われたジョー・フレージャーと、摂氏50度の中で激烈な戦いを交わした「スリラー・イン・マニラ」など伝説を残す。世紀の凡戦と言われた、異種格闘技戦でのアントニオ猪木との戦いも、今ではお互いを評価する方向に変わった。

 ▼プロ入り前、五輪で金メダルに輝きながら、人種差別でレストランへの入店を拒否され、川にメダルを投げ捨てたアリ。大国に媚びることがなかった英雄を讃えると共に、復帰を可能とした懐の深い大国の再興と英雄の再来を望む。大統領選の経過を見るにつけて。