住まい・暮らし・文化

おためし移住 ワープステイという提案(1) 伸びた寿命の使い道 疲れた心を癒す田舎暮らし

 団塊世代(1947~49年生まれ)が生まれた頃に比べると、日本人の寿命は20年以上も長くなった。それなのに、サラリーマン人生の基本設計はあまり変わっていない。定年まで勤めて、その後は年金暮らし…。国は年金の支給時期を段階的に遅らせながら、企業に対しては雇用期間の延長(70歳定年制)を呼び掛ける。しかし、そうした従来型発想の延長で、日本は超高齢社会を乗り切ることができるのか。

 リタイア後、永住ではなく、一時的に地方に移住してみることを提案している団体がある。東急グループで長年、住宅事業に携わった大川陸治氏(71)が代表を務める「ワープステイ推進協議会」だ。4月末にもNPO法人の認可を取得する予定。

ワープステイという提案 アンケート
ワープステイという提案 アンケート 法人用 ワープステイという提案 アンケート 個人用

ワープ(戻る)移住

 大川氏は言う。「ポイントは5年間の定期借家権を活用すること。最初から地方に永住するとなると踏み出しにくいが、5年間だけの〝おためし移住〟なら配偶者の同意も得やすいのではないか」

 つまり、自宅を定期借家権で子育て世帯などに貸し、自分たちは地方の借家に移り住む。東京と地方の賃料差を移住のための資金にすることもできる。定期借家権だから、田舎暮らしに飽きたら5年後には自宅に戻ってくればいいし、もちろん田舎での生活が気に入れば、そのまま継続することもできる。週末だけ、リゾートなどでの暮らしを楽しむ〝二地域居住〟とは違う新しい提案だ。

 三菱総合研究所の調査(12年10月~13年1月)では、848自治体のうち135団体(16%)が高齢者の移住受け入れを検討している。受け入れを希望する理由のトップは「地域の活性化(消費の増加)」だ。(グラフ参照)

人気の南伊豆町

 静岡県南伊豆町もその一つ。同町は元気な高齢者はもちろんだが、東京都杉並区が同町に保有する土地に杉並区民のための特別養護老人ホームを建設するプロジェクトにも積極的に協力している。特養の用地確保に悩む同区が11年に町に打診をして以来、計画がスタートした。建設予定地は海水浴場にも近いため、入所者の子供世帯が孫などを連れて、祖父母に会いに来る保養地型特養となる可能性がある。 

 一方、高齢者側のニーズはどうか。「東京急行電鉄(株)とくらく」が東急沿線に住む50歳以上の人たちを対象に実施したインターネット調査によると、定期借家権を活用した一時居住(ワープステイ)という暮らし方に対して「魅力的」ととらえる人たちが60%(男性61%、女性58%)に達している。また、南伊豆町に定期借家を利用して移住することについても20%が「魅力的」と回答している。

 このような結果を踏まえ、ワープステイ推進協議会では今後、具体的な移住先候補地としては南伊豆町をモデルケースとしていく方針だ。

 もっとも、多くのリタイア層の意識としては「そうはいっても、現実には難しいのでは」というのが本音だし、実行するためには多くの障害が立ちはだかることも確かだろう。

 しかし、ずっと都会で暮らしてきた人間にとって、〝田舎暮らし〟をするかしないかは、果たして〝趣味の問題〟なのだろうか。それは、残りの人生を、自分の最終的な人格形成のためにどう使うべきかという、極めて重要な選択であるようにも思える。

 なぜなら、田舎には人に対する優しい目線がある。都会の雑踏には、他者に対する〝不機嫌な無関心〟があるだけだ。それゆえ、都会で永く暮らしてきた人は、一度自分の心が疲れていないか、チェックしてみる必要がありそうだ。そのためには、自然豊かな田舎への一時移住による診断が有効ではないだろうか。(本多信博)