安倍首相が「3世代同居の推進」を打ち出した。従来、政府はこのような個人のライフスタイルに関わることを政策目標にすることはなかった。しかし、日本の少子高齢化問題は、もはやそのようなことを言っておられない深刻で危機的な状況にある。もし、現在の出生率(1.42)が上昇しなければ日本の人口は90年には5700万人まで減少し、高齢化率は60年頃には4割強となり、以後は半永久的に横ばいで推移することになる。
これまで採られてきた子育て支援策といえば、代表例が保育所の整備だろう。共働きが常態化したいま、働きながら子育てができる態勢整備は不可欠である。しかし、だからといって近年増えている、ゼロ歳時から保育所に預けてしまうというのはいかがなものだろうか。「三つ子の魂百まで」と言われるが、せめて3歳になるまでは母親が育児に専念し、子供とのスキンシップを十分確保すべきではないか。つまり、女性の育児休暇を3年とし、その後は離職前と同じ待遇で職場に復帰できる企業制度・文化の構築が必要であろう。
と同時に育児を身近でサポートする体制も必要である。なぜなら子育てに慣れていない若い母親がたった一人で育児に向き合うことは負担が大きすぎる。その点、3世代同居で若い母親の育児を手伝う祖父・祖母がいることは心強い。 そうした肉体的、精神的負担の軽減に加え、3世代同居には子育て世帯の家計負担を軽減する効果も期待できる。少子化の大きな背景に子供の教育費など経済的不安があることはよく知られている。
3世代同居が普及し、高齢者が子供世帯の子育てや育児の手伝いをすることは、新3本の矢を実現するための大前提ともなっている「一億総活躍社会」の考え方にも叶うものである。また、必ずしも完全な同居でなくとも、同じマンション内での近居でもよく、今後はそのような住まい方を前提としたマンション供給にも力を注ぐべきだろう。
一方、アメリカでは草の根的にベビーシッターと呼ばれる人たちが存在して、地域で子育てを支えていると聞く。日本のベビーシッター制度はまだ未成熟でリスクも大きいが、祖父母との連携など3世代同居による子育て支援を補完する機能も期待できるため、社会インフラとしての整備を急ぐべきである。
しばしば、「3世代同居」は大家族時代の復活という大時代な物言いと捉えられがちだが、社会の基盤である家族という単位が脆弱であれば、社会が不安定化するのも自明である。
家庭にあって、個人の体験ではなく、家族の歴史に学ぶことができたかつての〝大家族〟こそ、実は現代社会が最も必要としている社会制度であると断言する。